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ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


60.痛む傷口

2010.03.25  *Edit 

玄関を開け、そこに桃佳の靴を見つけたとき、多希は安堵したような、それでいてどこか腹立たしいような気持ちを抱いた。

……あれほど、家で寝ているように言ったのに。


短い昼休み、多希は大急ぎで着替えをし、車を飛ばして一度帰ってきたのだった。
桃佳のことが心配で……
彼女の体調のことも勿論だったけれど、一番多希の心を占めていたのは昨日の駿からの手紙。きっと駿は今日、桃佳のことを待っているに違いない。だからこそ彼女を家から出したくはなかったのだ。
それなのに、あれほど家から出るなといったにも拘らず、桃佳は家にはいなかった。
だからといってどうすることもできない多希は、焦燥感を抱えたまま職場に戻り、終業時間を待つしかなかったのだ。
更に、午前中ならまだしもそんな焦燥感を抱えた中で、一昨日のことを根掘り葉掘りと色々な人に聞かれ、それが一層多希の機嫌を損ねていた。それまで聞かれたことに対して上手くかわしていた多希だったものの、面倒になり『彼女だ』と宣言した途端に、嘘のように誰からも何も聞かれなくなった。
どうやらその宣言はすぐに広まってくれたらしい。
その後、その噂がどう進化していったのかなど、多希には興味も湧かない。
面倒な質問に答える手間は省けたものの、多希の中の焦燥感は膨れ上がる一方だった。
もしかしたら、帰っても桃佳はいないかもしれない……そんなことを考えるたびに、焼いてしまった指先が痛んだ。
だからこそ、桃佳が家にいるとわかった瞬間、安堵感と腹立たしさを感じたのだ。


居間のドアを開けると、目に付くところには桃佳はいない。
「モモ?」
小さく声をかけると、アコーディオンカーテンで仕切られた向こうから「はい」と弱々しい声が聞こえた。アコーディオンカーテンに手をかけ中を覗くと、桃佳が丸まって布団を被って横たわっている。
「多希さん……お帰りなさい」
布団の中から桃佳が視線をよこす。短い呼吸を繰り返しているところを見ると、熱が上がっているのだろう。
多希は眉を寄せ、横たわる桃佳に近づく。真っ赤な顔と、熱で潤むとろんとした瞳を見ると、多希の中の腹立たしさは急速に小さくなっていった。
そっと手を伸ばし、彼女の形の良い額に触れる。案の定、触っただけで熱があるのがはっきりわかるくらいに熱い。
「……大丈夫か?」
「はい。さっき解熱剤を飲みましたから」
一瞬微笑んだように細められた目は、真っ直ぐな多希の視線を避けるようにゆっくりとずらされる。本人は上手にそうしたつもりなのだろうが、嘘の下手な桃佳の態度などに誤魔化される多希ではない。一気に片隅にあった焦燥感が牙をむいて襲い掛かってくる。
「ちゃんと家で寝ていたの?」
知っていながらも聞いてしまう。
「えっと……その。すいません。学校に行ってました。その……どうしても単位を取っておかなくちゃいけなくって……」
布団の中に隠れるようにして、目だけを出しぼそぼそと答える桃佳。朝、多希の言葉に頷いてしまった手前、約束を破ってしまったことはやはり心苦しかった。
「それで……?」
多希がベットに腰掛ける。彼の重みでベットがぎしりと鳴った。
「それで、学校はどうだった?」
顔を隠すように掛けられている布団を、そっと剥ぐって桃佳の顔を晒す。じっと見つめられて、桃佳は少しだけ困ったような表情をした。

「どうだったって……何がですか?」
脈が速くなっているのが、はっきりとわかる。多希の瞳は、桃佳の中の何かを見透かそうとするかのように、ただただじっと見つめてくる。その視線は痛いほどだ。あまりに痛いその視線から、桃佳は目を逸らすことができない。
「何がって……だから、その。学校がだよ」
多希には珍しく、微かに眉を寄せ何かを隠しているかのように言い淀む。
「別に、いつもどおりでしたよ」
一瞬多希からの視線が緩んだ隙に、桃佳は布団を引っ張って寝返りをうつと彼に背中を向けた。
「授業を受けて、調子が悪かったんですぐに戻ってこうして寝ていました」
背中にじっと伺うような多希の視線を感じる。

桃佳は駿とのことを正直に話そうと思っていた。そして、このゲームが振り出しに戻ったことを多希に告げようと思っていた。
……そうすることで、自分の中にゲームの存在をはっきりと刻み込もうと思っていたのだ。
けれど、多希の痛いほどの視線に出会い、どうしてもそのことを言い出すことができなかった。どうして言い出せないのか、それはよく分からなかったけれど、とにかく言い出せなかった。

ふう、と背中で多希のため息が聞こえる。
「そうか……あんまり無理はしないほうがいい」
その言葉の後に、去っていく多希の気配を感じて、桃佳は思わず布団を跳ね除けて身体を起こした。
「……多希さん!!」
丁度アコーディオンカーテンの辺りにいた多希は、桃佳の呼び声に驚いたような表情で振り返る。そして、『何?』と問いかけるように少しだけ首を傾げて桃佳を見る。
「えっと……その」
呼び止めたのは自分なのに、何を話していいのか分からずに、桃佳はぎゅっと布団を握り締める。どきどきと響く自分の鼓動がうるさくて、思考がまとまってくれない。
「えっと……」
「モモ」
「あ、はい」
少しだけ薄暗くなってきた部屋の中で、多希がにこりと微笑む。けれど、薄暗い部屋にいるせいか、その笑顔はどことなく寂しげだ。
「今日の夕食はパスタにしようと思うんだ。カルボナーラは食べられる?」
「はい、食べられます」
「じゃあ、できるまでちゃんと横になって待ってるように。今度はちゃんと言うことを聞くんだよ」
桃佳は、ミントグリーンのエプロンをつける多希の背中を見ながら、自分が何を言おうとしたのかを考えた。けれど、答えはどうしても見当たらなかった。


今日の夕食を、多希はもう午前中のうちから考えていた。
結局、自分では思い浮かばずに、放射線科の助手の女の子にリサーチしたりして、カルボナーラに決めたのだった。多希一人で考えたのなら、とてもパスタという選択肢は生まれなかっただろう。
ベーコンを切り、パスタを茹でる。
料理に集中していると、胸の中のもやもやも忘れることができそうな気がした。それでも絆創膏の下の火傷は、何をするにもズキリと痛み、嫌でも妙な焦燥感に駆られる。動かすと焼けてしまった皮膚が割れ、じんわりと血が滲んだ。
「っつ……」
皮膚の割れる痛みに、思わず顔をしかめて指をかばう。
「どうしたんですか?」
桃佳の声に振り返ると、休んでいたはずの彼女はいつの間にか起き上がり、キッチンに立つ多希を見ていた。
桃佳は、多希に言われて休んでいたものの、彼の気配のひとつひとつが気になって、眠るどころかまどろむことさえできずにいたのだ。そんなときに聞こえてきた、痛みをこらえるような声。指でも切ったのかもしれないと、横になっていることもできずに起き上がったのだ。
「なんでもないよ」
多希は血の滲んだ指が桃佳に見えないように、さりげなく隠す。
「ほら、もうすぐできるから、ちゃんと休んでいて」
後ろ手に隠した指が痛む。
……桃佳が隠していても、多希にはわかった。だからこそ、余計に指先が痛むのだ。
桃佳から感じる駿の気配に……
多希は彼女がベットに横たわるのを確認すると、ほっと息をつく。駿の手紙を焼いて、一緒に火傷を負った指など見られたくはない。
指先から滲んだ血は、絆創膏から溢れてシンクにぽたりと赤い花を咲かせた。

シンクに落ちた血の、目を見張るほどの存在感。

それは、まるで二人しかいないこの空間に漂っている駿の気配のように、鮮やかに多希の中にその存在感を見せ付ける。
ゲームを始めてから今までただの一度も、そんなふうに駿の存在を感じたことなどなかったのに……


何かが、二人の間に漂う空気の何かが、変わっていくような気が多希にはしていた。

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