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ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


62.閉ざされた道の始まり

2010.03.25  *Edit 

柴山孝幸(たかゆき)はまだ電気の点っている自宅と、時計とを見比べて思わずため息をついた。
彼は会社の取引先の重役たちと、ついさっきまでクラブで飲んで、今自宅に着いたところだ。
飲んでいた……といっても、それはあくまでも仕事の延長のようなもの。小さいながらも建設会社の社長という立場ではあっても、この不景気に仕事を確実にもらうためには、社長自らこういった接待にも参加しなければならない。勿論、お世辞にも楽しい酒ではない。昼間は仕事で疲れ、ついさっきまで飲みたくもない酒を飲んでいた孝之は、すぐにでもベットにもぐりこみたい気分だった。それなのに、家の電気がついている。
もう時間は既に3時を回っていた。
こうして深夜にも拘らず自分を待つような家の灯りは、いい話題を運んできたことがない。
それでも他に帰る場所などはありはしない。諦めたように、まだアルコールの残る熱い息を吐きながら、孝幸は玄関のドアを開けた。

「あなた、お帰りなさい……」
慌てたように居間から飛び出してきた美佐子は、孝幸の顔を見て一瞬落胆したような表情を見せた。どうやら彼女が待っていたのは自分ではないようだ、孝幸はそう判断する。
と、すると、待ち人は駿ということになるだろう。
「こんな時間までどうしたんだい?」
何となくはその理由が分かったものの、それでも美佐子にそう尋ねる。
「ええ、実は……」
力が抜けたように身体をソファーに預けて、美佐子は乱れた髪の毛をそっと手で直す。
「駿が、帰ってこないんです。いつものようにバイトに行ったまま……何の連絡もなくって」
そう言いながら、疲れたように両手でその顔を覆った。
その姿を見て、孝幸は小さくため息をつく。
美佐子は駿の事になると、見境をなくしてしまうことがある。美佐子にとって、駿は命よりも大切な存在。そのことは痛いほどによく分かる。けれど、その愛情のひと欠片でも多希に与えてくれたら……二人の父親としては、孝幸はどうしてもそう思ってしまうのだった。
けれどそのことを言えば、美佐子は酷く興奮して話し合いにもならない。その上、またあの時のような悲劇が繰り返されてしまったら……そう思うと、孝幸は表面上は上手くいっている家庭を壊すようなことができないでいた。そうしているうちに、多希は家を出てしまったのだった。
何もしなかった自分を、孝幸は悔いていた。もう何も壊したくはない。だからこそ、疲れてはいても美佐子の話を聞こうと思ったのだ。
「こんなこと、今までなかったんですよ? 何かあったのじゃないかしら……」
必死の表情で孝幸に訴える美佐子。彼はそんな彼女の肩に優しく手を乗せた。
「何かあったら、すぐに警察から電話があるだろう? それに、あいつだってもう二十歳なんだ。子供じゃない。それほど心配することでもないだろう。きっと明日の朝にはけろっとして帰ってくるよ」
美佐子を安心させようとかけた言葉であったのに、彼女はきっと鋭い視線を彼に投げかける。その視線には、憎しみにも似た感情さえ混じっているようだ。
「あなたは……! あなたは、駿のことなんてどうだっていいんですよね! あなたは……多希君の方が大事なんでしょう? 無理やり引き離された……あの人との子供のほうが」
激情に駆られたようなその言葉の後、美佐子は崩れ落ちるように泣き始めた。
多分、本当は美佐子にも自分の言葉が間違っていることは分かっているのだ。それでも抑えきれない、爆発してしまう何か。
美佐子が何故か今でも怯えずにいられない『彼女』の影。
「……ごめんなさい。私……」
呟くように謝罪の言葉を口にする美佐子の肩を、孝幸はもう一度優しくたたく。「取りあえず、少し休んだ方がいい」
こくりと頷いた美佐子を確認して、孝幸は書斎へ向かった。そして、入り口のドアに鍵をかけると、そっと古ぼけた一冊の本を取り出す。

「咲(さき)……」

本の間には、一枚の写真。
ブルーグレーの瞳。薄い栗色の絹糸のような髪。白磁のような肌。美しい、多希に面差しのよく似た顔。
「咲」
もう一度その名を口にして、孝幸は記憶の中へと深く沈み込んでいった―――




「孝幸君も、たまにはこういったお店で息抜きもいいもんだろう」
「はあ……」
父の取引相手の会社の重役の接待に、孝幸はこの日初めて付き合わされた。そこには社長である父が、そろそろ息子の孝幸を社長として就任させようという思惑があることも、彼は理解している。だからこそ、気乗りしなかったもののこうして接待の席に出てきたのだ。
「それにしても孝幸君は先日、一級建築士の資格を取ったらしいね。いや、頼もしいもんだね」
杉浦重蔵(すぎうらじゅうぞう)は豪快に笑いながら、孝幸の背中を叩いた。彼は先代の社長……つまり、孝幸の祖父の代から懇意にしてもらっている会社の社長だ。小さな頃から孝幸のことをよく知っている彼は、まるで自分の息子のようによくしてくれていた。
「たまにはこんなお酒の場に出て、社会勉強をするのもいいもんだよ」
「そうですね」
そう答えながら、孝幸は社会勉強と言うにはいささか不釣合いな店内を見渡した。薄暗い、クラッシックの流れる店内。上品ささえ感じさせるそこは、彼には縁のなかったいわゆる高級クラブ。
「杉浦社長、いらっしゃいませ」
和服を美しく着こなした女性が杉浦に挨拶をする。その立ち振る舞いから、彼女が店のママなのだろうことが伺えた。その後ろに、数人の女性が並んでいる。
「ああ、ママ。こちらは柴山建設の時期社長になる男だよ。よくしてやってくれ」
「あら、それはそれは……私は律子と申します。今日はゆっくりと楽しんでいってくださいね」
律子が目で合図をすると、彼女の後ろに控えていた女性たちが、孝幸を含む客の男性たちの間に座る。彼の隣に座ったのは……
「はじめまして。ローザです」
絹糸のような滑らかな栗毛。ブルーグレーの瞳。純白のドレスに身を包んだ美しい女性を、孝幸は一瞬言葉をなくして食い入るように見つめた。
その姿は、絵画の中の聖母のように彼の心に強く刻み付けられた。

「水割りでよろしいですか?」
覗き込むように問われ、孝幸は驚いたように瞳を上げて小さく頷く。ローザはにこりと微笑むと、手際よく水割りを作って彼の前に差し出した。
「どうも……」
小さく礼を言ってグラスを受け取る。ちびちびと水割りに口を付けながらも、孝幸は隣に座る女性を盗み見た。
日本人とは違う彫りの深い顔。長い睫毛が頬に影を落とし、何か憂いているようにも見える。滑らかな素肌は、殆んど化粧も施していないようだ。
じっと見つめる孝幸の視線に気が付き、ローザは少し頬を赤らめて、はにかんだように微笑む。
「……私の顔に何かついてます?」
「あ、いや、すいません……その、日本語お上手ですねって、うわ!」
動揺した孝幸は、グラスをテーブルに置こうとして、中身を半分程こぼしてしまった。
「あ……っ、す、すいません!」
慌てながらもスーツのポケットからハンカチを取り出そうとするが、必要な時に限ってそれは見つからない。
困り果てていると、すっと目の前に白く華奢な手が、綺麗な刺繍の施されたハンカチを差し出してきた。
「どうぞ。濡れませんでしたか?」
「す、すいません。大丈夫です」
孝幸がハンカチを受け取ると、ローザはにこりと微笑む。彼は彼女から手渡されたハンカチで、袖口をそっと拭いた。ローザは濡れてしまったテーブルの上を、手際よく拭いていた。

「……私、こう見えても日本語しか話せないんですよ」
「え?」
孝幸は逡巡し、それがさっき自分が投げかけた言葉への答えであることを知る。ローザを見ると、パッチリとしたブルーグレー瞳を優しく細めている。
「私、生まれも育ちも日本なんです。母はフランス人ですが、父は日本人ですから。母の血のほうが濃いのか、ぱっと見たらハーフにも見えないみたいですね」
すらすらとしゃべるその言葉は、まるで決められた台詞のようだった。きっと今までも似たようなことを何度も訊かれてきたのだろう。そのたびに口にする、使い古された台詞のような……
日本人だという自覚がありながらも、日本人には見てもらえないローザ。けれど、この国で生まれ育った彼女は、日本人に違いない。きっといつも自らの所在のなさを感じていたに違いない。そう考えると、何の気なしに言った自分の一言が、酷く彼女を傷つけたような気がして、孝幸は考えるよりも先にローザに向かって頭を下げていた。
「申し訳なかった」
そんな彼の行動を、ローザはテーブルを拭いていた手を止め、きょとんと見つめる。それからはっとしたように、孝幸の肩に手を添えてその身体を起こそうとした。
「な、何を謝っていらっしゃるんですか? 頭を上げてください……困ります」
そう言いながら、慌てたように周りを伺う。
確かに、客に頭を下げさせるなど、あってはならないことだろう。
気が付いて孝幸は顔を上げると頭を掻いた。
「……重ね重ね、すいません」
眉毛を八の字に曲げたように笑うその顔を、じっと見つめ、それからローザはそれまで見せなかった、まるで花が咲くような笑顔を彼に向けた。
孝幸の心が、どきりと大きく波を打つ。
「そんなふうに謝っていただくのは……初めてかもしれません」
「……ローザ、さん」
「いえ」そっと口元を孝幸の耳に近づけ、彼女は囁いた。「咲……咲と言います。ローザはこのお店のママが付けてくれた名前です」
「咲……?」
「はい」


それが二人の始まり。
閉ざされる道を、知らずに歩き始めたきっかけ。


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