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ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


65.父の願い

2010.03.25  *Edit 

古ぼけた写真を指先で撫で、孝幸はため息をついた。
写真の中の咲は、あの頃のままの輝かしい笑顔を彼に向けてきている。
今でも孝幸はあの頃と同じように、咲の写真をこうして本に挟んで色褪せないように仕舞っている。今だに未練があるわけではない。ただ、突然姿を消してしまった彼女のことを、彼はどうしても忘れることができないだけ。
『愛』という感情というよりも、『心配』とか『気がかり』といった感情に近い。
自分と結婚してしまったせいで、愛する息子からも引き離され、居場所さえもなくしてしまった咲……


結婚して2年が過ぎた頃、咲はある日忽然と姿を消した。
ずっと二人の結婚を祝福することのできなかった母好乃。それでも、表面上は平穏に過ぎていたはずの日々。その中で、突然消えた咲。
ただ狼狽する孝幸に好乃は、会社のため、孝幸のために黙って出て行ってくれと咲に頭を下げたのだと告げた。
確かに、会社の取引先の重役には、以前咲の勤めていたクラブの客もいた。社長の妻はホステスをしていた……その事実は会社の名前に傷をつけるほどでもなかったが、だからといって決してプラスにもならない。どちらかというと、マイナスに作用してしまうことの方が多かった。
これから伸びていくはずの会社……そのことを思って、好乃は孝幸に黙って咲に出て行くように告げたのだ。
多希のことは柴山家の長男として責任を持って育てる。病気の咲の母の治療費も全て負担する。今後の生活費の援助もする……
その条件に、咲は頷いたのだという。
彼女に拒否することなどできないことを知っていて、好乃は決断を迫った。
咲が、孝幸のためにならない自分を許せるはずがないから。
そこまで息子のことを想っている咲を、好乃も認めてはいた。けれど、それと会社のこととは別。会社には大勢の社員がいる。その生活を守らなくてはならない。そして何よりも、これから柴山建設はもっと大きくならなくてはならない……
その好乃の気持ちを全て受け入れる形で、咲は黙って出て行ったのだ。

あの時は母のことをひどく恨んだ。
罵りもした。
咲のいなくなってしまった家で、好乃を罵り、探しに飛び出そうとしたとき母に言われた言葉が今だに耳の奥にこびり付いている。

「咲さんはあなたのために決断したんですよ! 咲さんの気持ちを考えるなら、あなたは会社を立派にしてみせなさい!」

なんて勝手なことを言うものだと、酷く憤ったのを覚えている。
けれど、部屋には咲から、
『多希のことをよろしくお願いします。あなたの成功と多希の幸せを心から祈っています』
そう書かれた手紙が残されており、彼女がどれだけ悲痛な思いでこの家を去ったかを考えると、もう孝幸には彼女を探すことができなかった。

次の日に、母を捜して泣きじゃくる多希が、孝幸に飛びついてきた。
「もうお母さんはいないんだよ。戻ってこないんだ。もう忘れなさい!」
咲を忘れさせるためにわざと冷たく言い放った好乃の言葉。
けれど、その言葉を聞いたときの多希の凍りついた表情を、孝幸は今でも鮮明に思い出す。
小さな心が、どれだけ深く傷ついたか、到底計り知れない。
きっと自分は捨てられてしまったんだと、そう思ったに違いないし、もしかしたら今でもそう思っているのかもしれない。
時々見せる多希の冷めたような視線、それを感じる度に、自分が多希を追い込んでしまったのだと思わずにはいられない。あの別れで一番傷ついてしまったのは、自分よりも咲よりも、きっと多希なのだ。


ぐっと拳を胸に押し付けるようにして、孝幸は唇を噛み締める。
自分はあまりにもたくさんの人を傷つけてしまった。もしかしたら咲のことは、あの時家を飛び出していれば見つけられたのかもしれない。
いや、間違いなく見つけられた。
けれど、若かった孝幸は野心もあり会社を捨てることはできなかった。
もしもあの時咲を選んでいたら……?

ありえない妄想に、孝幸は首を振る。
結局自分は会社を選んだのだし、こうして今は家庭もある。
過ぎてしまったことを『もしも』と思うことには、何の意味もない。昔を思うよりも、今を大事にしなければならないことくらい、痛いほどに分かってるのだから。
しかし、その『現在』もお世辞にも上手くいっているとは言えない。いや、多希が出て行ってからは、表面上は穏やかな日々が続いている。多希がいなければ……


多希の幸せをただただ願って出て行った咲。
自分は彼女の願いを叶えてはいないのだろう。


けれど孝幸はどうしていいのか分からないのだ。
美佐子が多希を受け入れられない理由が分からない。結婚してすぐの頃は、美佐子は多希の世話をよくしていてくれていたのだから。
それが、いつの頃からからか、美佐子は多希を見なくなってしまった。
その存在さえも無視するかのように……
病気だと医者は言った。心の病だと。けれど、彼女がそこまで追い込まれた理由が孝幸にはどうしても、今になっても分からない。
解決の糸口さえも見つからないまま、ただ時間だけが過ぎ去っていく。

孝幸はため息混じりに窓の外を見た。
もう既に空は明るくなってきている。
美佐子の待ち人は、まだ帰ってはきていないようだ。駿が帰ってきた気配も、美佐子が床についた気配さえもしない。


どこかできっと逸れてしまった道。
どれも多希のせいではないはずなのに、一番苦しめられるのはいつだって多希。
何もできない無力な自分を見たら、咲は罵るだろうか、それとも悲しむだろうか……それとも、もう自分のことなど忘れてしまっただろうか。

自分にできることはなんだろう。
孝幸は答えのない疑問を投げかけ続ける。
もうこれ以上、誰も傷つけたくはないと祈りながら。

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