りんどう庵

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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


68.最初の名前

2010.03.25  *Edit 

「うん。それほど熱があるってわけじゃなさそうですね」

桃佳は体温計を見てほっと息をつく。
電子体温計は『38.1℃』を示している。熱はあるものの、びっくりするほど高い熱ではない。
体温計を見せられて、多希は思わず「ちっ」と小さく舌打ちをした。もっと高い熱があれば、わがままも言い放題なのに……と、内心でそんなことを考える。桃佳から移された風邪で高熱が出たら、ある程度の要求ならば彼女は嫌とは言えないはずだ、といつもよりも働かない頭で考えていたのに、予想外に熱は高くなりそうもない。

「多希さん、どこか痛い所とか、辛いところとかありませんか?」
心配そうに覗き込んでくる桃佳に、多希はわざとらしく具合の悪そうな顔をする。
「……頭が痛いかな。寒気もするし……とにかく体がだるい……」
「ええ!? やだ、熱が上がってくるのかも……タクシー呼びますから、病院に行きませんか?」
多希としてはただ桃佳の困った顔を見て、今日一日看病という名目で自分のそばに縛り付けていられればいいだけ。病院なんてとんでもないと、慌てて笑って見せる。
「そこまで酷くないよ。今日一日休んでいれば大丈夫だから」
「そうですか?」
「ああ」
尚も心配そうに覗き込む桃佳に、今度は穏やかに笑いかける。その顔を見て、桃佳も少しほっとしたように微笑んだ。
「今日はこの前のお礼に、私がちゃんと看病しますから。何かあったら、何でも言って下さいね」
ベットの横に座り込み、にっこりと微笑んでいる桃佳に、多希は怪しげな表情を向ける。
「それじゃあ……モモからキスでもしてもらおうかな」
さっきと同じように彼女の困った顔を見ようと思っただけなのに、桃佳は固まったように真顔でただ多希のことを見つめている。
「……何言ってるんですか? しませんよ?」
ぼそりと呟くように言って、「飲み物持ってきますね。多希さんの部屋、コーヒーとビールしかないから」そう告げるとそそくさと多希の部屋を後にした。
「……なんだよ、面白くないなあ」
桃佳によって多少乱暴に閉められたドアの音を聞きながら、多希はどこか寂しそうに呟いた。



「……な、何よ、もう! からかって……!!」
ばくばくと激しく鼓動する胸を拳で抑えつけながら、桃佳は多希の部屋の玄関扉に寄りかかる。ずるりと体が滑り、そのままその場にしゃがみこんだ。

あんな一言で、なに動揺してるのよ!

膝に顔を埋め、唇をきつく噛んだ。顔の熱さを否応なく自覚させられて、そんな自分に嫌悪感を抱いてしまう。
本当は、こんなふうに心を揺り動かされては、一番いけない人。そう知っていても、心は思いに反して激しく動かされてしまう。
そんな自分が怖くて堪らない。
けれど、多希を突き放すこともできない……

「駿ちゃん……」

抱いた膝に額を何度も何度もぶつける。絡まって、解けなくなってしまった糸のような思考。
それでもひとつだけ分かっていること。それは自分にとって大切にしなければならない存在は、駿。それを邪魔しようとして、ゲームを始めたのは、多希。

全てを理解しているつもり。それでも掻き乱される心。
「……何を考えてるの、私は……」
桃佳は自嘲的に、苦しげに笑う。
そう、大切なのは駿。守らなければならないのは駿。それ以外に何があるというのだ。
優しい駿を傷つけることなんてできない。絶対に。



玄関のドアが開く音がして、多希は視線を動かす。麦茶の入ったボトルを抱えた桃佳が部屋に入ってきた。さっきまでとは違い、外出でもするかのような装いに、片方の眉を少し上げる。
「……どうしたの? どこか出かけるの?」
ついむっとした声色になってしまったのが、自分でも分かる。
「はい、ちょっと買い物に。ここ数日寝込んでいたから、冷蔵庫の中が空っぽなんです。このままじゃ何も作れないので」
冷蔵庫に麦茶をしまいながら背中を向けたまま彼女はそう言った。どうやら食事の支度のための買い物だということが分かり、多希はどこかとてもほっとする。
「すぐ帰ってくるの?」
「うーん……少し時間がかかるかもしれないです」
「どれくらい?」
「……どうしたんですか?」
振り返り、困ったような表情を見せる桃佳。
これじゃまるで母親を困らせている子供のようだと思うと、恥ずかしさで多希は思わず顔が熱くなった。それを隠すように、大きな手で口元を覆う。
「いや……何でもない。ゆっくり行っておいで」
赤い顔を悟られないように、慌てて布団にもぐりこむ。不思議そうに見つめてくる桃佳の視線が痛かった。
「そんなにはかからないと思いますけど……何か欲しいものはあります?」
「いや」

『欲しいものはモモ』浮かんだ言葉から目をそらす。

「そうですか? じゃあ、行ってきますね」
「ああ」
彼女の去っていく気配に耳を澄ましながら、多希は大きなため息をついた。



そこは暗くて、上も下も、右も左も分からなくて、小さな多希は寂しさと恐怖から、自分を包み込むように膝を抱えた。いつかは迎えに来てくれると信じていた母親。
でも待ち人は来ない。誕生日にも、小学校の入学式にも……
待っていても、来ない。寂しいと、全身で叫んでも。


目を覚ました多希は夢の余韻から抜け出せずに、暫くぼんやりと天井を見つめた。
どうして今更こんな夢を見てしまったのか……独りでいることに慣れ、誰かを待つなんていう感覚など、とっくの昔に忘れたと思っていたのに。
忘れたと思っていた思いと、消えたと思っていた古傷。少しだけ胸が痛む思いがした。こんな感傷に浸ってしまうことを知っていたなら眠らなかったのに、と、考えてもどうしようもないことを考えて苦笑する。
部屋の中はとても静かで、桃佳の気配は全くない。まだ帰ってはきていないようだ。
「遅いな……」
無意識に声に出して時計を見てしまう。
テレビもつけていない部屋は、あまりにも何も聞こえなくてうるさいと思うくらいだ。慣れているはずのそんな静けさが耐えられない。
早くモモの声が聞きたい、早くモモの存在を感じたい……
そんな気持ちが自然と溢れ出す。
「俺……」
ベットから体を起こし、戸惑ったように前髪をかき上げる多希。

寂しい?

そんな言葉を心の中で呟き、否定するように首を振った。


「ただいま……あ、多希さん、起きてたんですね」
買い物袋をぶら下げた桃佳が部屋に戻ってきたのは、それからどれくらい経った頃だろうか。まるで意地になったように時計から目を逸らし続けた多希には分からない。
ただ何となく、呑気そうな声を出している桃佳に、見当はずれだとは分かっていてもイラついてしまう。
返事をしない多希を訝しそうに見つめながらも、桃佳は冷蔵庫に買ってきた物を詰め始める。一通り詰め終わると、紙袋から小さな箱を取り出した。その箱から取り出したものに、多希は目をやる。
「それ……」
「はい。携帯電話です。この前多希さんに言われてから実家に電話をかけたんですけど、すごく怒られちゃいまして……お金は送るから、ちゃんと買い換えろって。それで」
ニコニコとしながら桃佳は買ったばかりの携帯電話を多希に見せる。
「そう」
これでまた、駿と連絡を取りたいときに取れるってわけか。
そんなことを考えると、またしてもむっとした声色になってしまった。そんなふうに分かりやすく反応してしまう自分に、多希の苛々は更に増していく。そんな自分をどうすることもできずに、多希は桃佳に背を向けると、ぐいと布団を引っ張り上げた。
まるでふて寝だな。
思いながらも、もうどうすることもできない。
「あの、多希さん……」
声をかけてくる桃佳のことさえ、煩わしいと感じてしまう。さっきまではあんなにも声を聞きたい、存在を感じたいと思っていたのに。
「なに?」
背中を向けたままで、振り返らずに応える。
「その、電話番号聞いておこうかと思ったんですが……ほら、前に楓が来た時に聞いたんですけど、携帯、完全にダメになっていて、メモリーがなくなっちゃったんです。ダメ……ですか?」
「俺の番号、必要?」
言葉に感情を乗せないように気をつける。すごく卑屈になりそうな自分が嫌で。
「だって、学校とかの関係で、夕食の準備が遅くなるとかって時に連絡できるじゃないですか」
多希のいつもとどことなく違う態度に、桃佳も何となく伺うような視線を投げかけてくる。
教えないのは返って変な気がして、多希は起き上がると携帯を手に取り、自分の番号を表示させると桃佳に渡した。
「これだよ」
「あ、すいません」
桃佳は多希から携帯を受け取ると、必死にボタンを押している。どうやら買ったばかりの真新しい携帯の使い方が、いまいち分かってないらしい。それでも数分するとにこりと笑って多希に携帯を戻した。
「やっと入りました! まだ使い方が分からないから難しくって……」
「……普通、携帯ってそんなに使い方変わらないものじゃない?」
呆れたような多希の視線に、桃佳は恥ずかしそうに鼻先を掻いた。
「うーん……私、得意じゃないんですよ、機械」
そう言って、それから何気ない口調で続ける。
「これ、多希さんの名前が、登録した最初の名前ですね」

何気ない一言。多分桃佳にとっては、なんでもない一言。
空っぽの携帯に登録された最初の名前。
ただそれだけなのに、特別なものを与えられたような、そんな気持ちが多希の中で広がった。ただそれだけのことで、何かが満たされる。
「……そうか」
にやけだしそうな顔を、必死で堪える。堪えようと思っても、溢れてしまう笑み。
「やだ、多希さん、変な顔してますよ」
おかしそうに桃佳が笑う。
その頬に手を伸ばそうとして、多希は一瞬戸惑い、桃佳の手から携帯を奪う。
「それにしても、モモっぽくない色だよな」
はっきりとした黄色の携帯を、目の前にかざすようにする。
「私、結構こういう派手な色、好きなんですよ。服は似合わないから着ませんけど」
「ふうん。意外な一面だね」

目を細め、『モモっぽくない』携帯を見つめる。
その中にあるのは、自分の名前だけ。
また少しだけ口の端が上がってしまう。

そんな自分に戸惑ってしまう。でもそんな自分が少しだけ好きだと、多希は思った。

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