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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


72.逃がさない

2010.03.25  *Edit 

いつも使っているミントグリーンのエプロンは桃佳が洗濯してしまったので、食器を洗う多希は、今日は彼女の赤いチェックのエプロンを身に着けている。
そのエプロンを着けたとき、桃佳は「可愛いですよ!!」と言って大笑いをした。何となくはしゃいだようなその態度は、もしかしたら何かいいことでもあったのかもしれないという想像を多希にさせ、彼はそんな自分の想像で、見えない誰かに嫉妬したくらいだった。

仕事を終えて帰ると、既に夕食の準備は終わっていて、ふたりでいつものように向かい合って食べた。食事の間も、桃佳は変に口数が多かった。
変にテンションが高い、と言ってもいいくらいに。しゃべっては大げさに笑っていた。

きゅっ、とスポンジで食器を擦り、ちらりと横目で桃佳を伺う。
さっきまではしゃいでいた彼女は、テーブルに置いたテキストの上に視線を落としている。勉強しているようにも見えたが、一向に新しいページがめくられる気配はない。それどころか、テキスト上の一点を見つめるだけで、何かを頭に叩き込んでいる様子でもない。
そう、ただぼんやりとテキストに視線を落としているだけ。
もともと桃佳はぽやんとしたところがある。けれど、これはもう『ぽやん』のレベルを超えていると多希は思う。『ぽやん』と言うよりは完全に『ボーっと』と言う単語の方がふさわしい。
昨日もそうだった……
コップに付いた泡を洗い流しながら、多希の口から知らずにため息が漏れていた。
隠し事が下手な桃佳。何かあったのは疑うまでもない。そして、その原因はきっと駿に違いない。
何も手に付かないくらいに、自分がここにいることさえ忘れられているようで、彼女の気持ちを思いの底に沈ませてしまっている弟に嫉妬する。……原因なんて考えもせずに。

嫉妬……?

自分の心に浮かんだ言葉を、頭の中で繰り返す。
以前、桃佳を病院に連れて行ったときにもその言葉を口にした。けれどあの言葉は、桃佳の中に自分を強く印象付けるためのものでしかなかったはずだ。けれど今の自分は……?
多希は食器を洗う手を止め、眉を寄せる。
そう、確かにこれは嫉妬なのかもしれない。ゲームを成功させるためには、桃佳を自分に惹き付ける必要があるから。それなのに駿のことを考えているその事実に、きっと自分は嫉妬しているんだろう。それよりも、上手くいっているゲームを、駿に邪魔されたようで苛立っているんだ。
そう考えながら冷たい水に再び手を晒すと、幾分冷静さが戻ってくるような気がした。
そして、もっと桃佳を自分に引きつけておく必要があると、そんなことを思うのだった。
駿のことなど考えられないくらいに。
他のことなど考えられないくらいに……多希以外のことなど考えられないくらいに。



『桃佳、大丈夫なんだよね?』
心配そうに繰り返すみなみの声が、頭の中で響いて離れない。
『もしかしたら、見間違いってこともあるかもしれないし……でも、知ってて黙ってるのもどうかと思って……』
申し訳なさそうに俯くみなみを、桃佳は恨む気持ちにはなれなかった。確かに、知っていて黙っていられるのは何となく気持ちが悪い。みなみだったら、何かあってそのことを隠されたのだと分かったら怒り出すだろうし、隠し事をしないで欲しいと思うに違いない。
けれど、桃佳はみなみとは違う。黙っていて欲しくはないと思うその一方で、どうしても事実を受け止めきれず、いっそのこと黙っていて欲しかったと思ってしまう。
確かにそれでは何の解決にもならないのは分かっていた。それでも、桃佳にはどうしていいのか分からないばかりで、ただ悩むことしかできないのだ。
いっそのこと、駿に直接聞いてみては……?
そうも思った。けれど、自分自身が多希とのことで後ろめたい思いがあって、それはできそうもない。
そう……何かあっても、桃佳には駿を責める資格などないのだから。
胸が苦しくて、握った拳を胸に当てる。
多希との関係は駿には知られてはいない。けれど、もしかしたら駿は今の自分と同じように、どうしようもない胸の苦しみを抱えていたのかもしれない。そう思うと今更ながら涙が出そうになった。そして、相手がもしも多希だと知られてしまったら、駿はどうなってしまうのだろう?

……なんて残酷なゲーム

最初からそのことは分かっていた。多希が始めたのは、どうしようもなく残酷なゲームだということを。それが、もしかしたら自分自身が裏切られているのかもしれないと思ったとき、どうしようもなく桃佳を苦しめる。
多希と共に過ごした時間、少しずつ許していった気持ち、感じてしまった嫉妬、自ら受け入れてしまったキス……
全てのことが桃佳のことを苛む。自分は何をしているんだという、激しい自己嫌悪。
わかってはいても、多希の始めたゲームを、多希を恨んでしまう。そして、罪を彼ひとりに擦りつけたがっている自分に、吐き気がするほど嫌気が差すのだった。そんな出口のない思いが、ただひたすら桃佳の中を駆け巡っている。


「モモ……?」

ふいに声をかけられ、桃佳は顔を上げる。その大きな瞳には、暗い影が宿っていて多希は思わずたじろぐ。桃佳からそんな目で見られるのは、かなり久しぶりのことだったから。ゲームの始めのころは、時々彼女はそんな目で多希のことを見ていた。その頃には全く気にもならなかったそんな桃佳からの視線。それなのに、今は確実に多希の胸を痛くさせた。
「モモ……?」
もう一度桃佳の名を口にする。自分でもどうしようもないくらいに、その声は戸惑った色を含んでしまう。

目に映る多希の戸惑ったような表情。自分が今、どんな顔をしているのか、鏡を見なくても桃佳にははっきりと分かる。
……きっと、酷く恨みがましい目で、酷く暗い顔で多希さんのことを見つめているに違いない。
そんな表情を多希に向けるのは間違っていることだと分かっているのに、全てが多希だけのせいではないと分かっているのに、どんどんと溢れてくる汚い感情を抑えられない。
多希だけを責めるのは間違いだと思う気持ちは、あっさりと、全ては多希のせいだという気持ちに飲み込まれてしまう。
「……です」
「……え?」
「多希さんのせいなんです……全部。どうして? どうしてこんなゲームを始めたんですか? どうして、私のこと、巻き込んだりしたんですかっ!?」
たったそれだけの言葉のはずなのに、桃佳は酷く荒い呼吸を繰り返し、胸の辺りを押さえて苦しげな表情をしている。
「どうしてこんなこと、しなくちゃいけなかったんですか? 何の意味があるんですか? こんなことして楽しいですか……? どうして、どうして……そっとしておいてくれなかったんですか……?」
搾り出すような、苦しげな声。桃佳は俯いて胸を押さえていた手を握り締め、目の前の多希の胸をドンと叩く。
「どうして……!!」
もう片方の手も握り締め、同じように多希の胸を叩きつけ、「どうして」と繰り返しながら何度もその胸を叩き続けた。
多希はされるがままで、抵抗さえしない。ただ、受け止めるようにじっとしているだけ。
自分がただ不安な気持ちを怒りに変えて、多希にぶつけているだけだということはわかっていても、桃佳は彼を責める気持ちを止められない。黙って多希がされるがままになっていることで、余計にそんな自分を止めることができなくなってしまっていたのだ。
けれど、多希に投げかけた疑問は、確かにずっと桃佳の奥で燻り続けていた疑問でもあった。
「……何があった?」
ひどく静かな声に、桃佳は多希の胸に拳を拳を押し付けたまま、はっとしたように視線を上げる。
きっと怒っているに違いない、俺だけのせいにするなと、以前のように冷たく言い放たれるに違いない、そう桃佳は思っていたのに、彼女をじっと見つめる多希の目は、彼女をただ心配するようなものだった。そんな多希の表情に桃佳は目を見開く。
「駿と何かあったんだろう? だから昨日からおかしいし、そんなふうに俺を責めたりするんだろ? ……何があった?」
多希はしっかりと桃佳の両肩を掴み、真っ直ぐに視線を向けてくる。
そんな真っ直ぐな視線に、桃佳は怯えた。
「……もう、駿とのことで悩むな。駿のことなんて、もう忘れてしまえばいい……!」
ぐいと、強い力で抱き寄せられ、桃佳の中にあった怯えは、恐怖にも近い気持ちに変わる。
さっきまであった、憎みたい気持ちも、全て多希のせいだという責める気持ちも、抱きしめられた腕の温もりに溶かされてしまいそうで、そんな気持ちが怖くて震え出してしまいそうだ。
そんな桃佳に追い打ちをかけるように、多希が更に耳元で囁く。
「もう、駿のことでなんか悩むのはやめてくれ。このまま……俺のものになればいいだろ……!」
足が震え、膝から力が抜けてしまいそうなのを、桃佳は必死に耐えていた。
耳元で響く、甘く柔らかな誘惑。
そんなことは許されない、この人は駿ちゃんを苦しめようとしている人なんだから。と思うその一方で、その甘美な誘惑に従ってしまいたいという、どうにもならないもう一人の自分。自分自身の中で、激しく思いは葛藤を繰り返している。
桃佳は涙で霞む瞳を細めた。生暖かい雫が頬を伝って流れる。その涙の意味さえ、よくわからない。
それでも桃佳の心はひとつの結論を生み、その結論に従って彼女は腕を持ち上げる。

「や、めて……やめて、ください!!」
力いっぱい自分を抱きしめる多希の体を桃佳は突き飛ばした。突き飛ばした後、彼女はよろめいてその場に蹲(うずくま)る。驚いたような、それでいて困惑したような多希の瞳から逃れるように桃佳は俯いた。
「……多希さんは、私がゲームの大事な駒だからそんなことを言うんですよね? 私があなたに惹かれるように……全部、全部駿ちゃんを苦しめるためだけに……これ以上……私のことを惑わせないでください……もう……嫌です……!」
言いながら、これ以上ないくらいの胸の痛みを、桃佳は必死に堪えていた。
それでも多希の甘い囁きに身を委ねることは、彼女にはどうしてもできなかった。これ以上駿のことを傷つけるなどそんなこと考えられなかったから。そんなことを、桃佳の良心はどうしても許せなかった。
唇を噛みしめ、必死に零れてしまいそうな涙を堪える。
黙ってしまった多希の気配を伺っていると、静かな笑い声が聞こえてきた。その声は次第に大きくなり、弾けるような笑い声となる。
初めて聞く多希のそんな笑い声に、桃佳は眉をひそめて視線を上げる。多希は片手で顔を覆い隠すようにして、肩を揺らして笑っていた。ひとしきり笑って、ぴたりとその笑い声を止めると、すっと桃佳に視線を向ける。
その視線は……氷のように冷たい。
そのひどく冷たい視線を向けたままで、多希は桃佳のそばに膝をついた。そして乱暴に掴むようにして彼女の顎をぐいと持ち上げる。
「……モモ、お前がどう思おうと、俺はお前を逃がさないよ」
そう言いながら、顎をつかんでいないほうの手で、そっと桃佳の唇を指先でなぞった。
出会ったころにも見せなかったようなひどく冷たい表情に、桃佳は動くことすらできずにただ見つめることしかできない。
「絶対に……逃がさない……」
桃佳の顎を掴んでいた手を乱暴に離すと、彼女は体勢を崩してその場に倒れこんだ。そんな桃佳のことを、多希は冷たく見下ろす。そして何かを言いたげに口を開いたものの、一瞬悔しそうに顔を歪めて口を噤む。着けていたエプロンを外して床に投げつけると、黙って出て行ってしまった。


玄関の閉まる音が聞こえて、桃佳の瞳からは何かが壊れてしまったかのように涙が溢れて零れた。
思いの外静かに閉められたドアの音。
もしかしたら閉じられてしまったのはドアではなく、もっと他の、何かとても大事なものだったのかもしれないと、桃佳は思わずにはいられなかった。
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