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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


75.接触

2010.03.26  *Edit 

授業にも身が入らず、桃佳はぼんやりと澄んだ青空を見つめた。
小さな雲がのんびりと浮かんでいて、何となく「おいしそうだな」と思う。
講師の声もなんだか遠くで聞こえている音楽のようだ。桃佳はノートもとらずにただシャープペンシルでノートをコツコツとつついた。

「どうしたの?」

声をかけられ、はっとして顔を上げる。目の前には心配そうに覗き込む、みなみの顔があった。
「べ、別になんでもないよ?」
答えてから、講義中では?と思い周りを見渡す。すでに講義は終わり、クラスメートたちがそれぞれに談笑していた。
「もうとっくに終わってるよ」
そう言ってみなみは苦笑した。
「あ、そっかぁ」
そう呟き、桃佳はのろのろとした動きで机の上のテキストをしまう。その間も気がつかないうちにため息をついてしまっていた。
そんな様子の桃佳に、みなみも同様にため息をつく。
「ねえ、大丈夫……?」

みなみは先日自分が言ってしまったことをずっと気にしていた。
あの後章吾に、駿の噂のことを桃佳に話したと伝えると、みなみは彼からひどく怒られてしまったのだ。
「みなみならともかく、清水さんには衝撃が大きすぎるだろう」と。
彼女自身、章吾に言われたことで相当反省したのだった。
確かに桃佳の性格上、駿に確かめるようなこともできないだろうし、自分の中で悶々と悩んでしまうに違いない。
事実、今日の桃佳は朝からずっとぼんやりとしていた。
「駿君の話……気になるんでしょ?」
「え? ……うん」
曖昧な桃佳の返事に、違和感を覚えてみなみは首を傾げる。しかし、桃佳にとってはかなり微妙な話題だと思い直した。
「悩ませちゃったよね、きっと……ごめんね、余計なこと言って」
みなみにしては珍しく、呟く言葉は弱々しい。
しょんぼりと俯くみなみの肩に、桃佳はそっと手を置いた。
「……大丈夫、気にしないで。私ね、駿ちゃんのこと、信じることにしたから。だって、それしかできないじゃない?」


『それしかできないじゃない』
本当にそれしかないと桃佳は思っていた。いつだって優しく桃佳を支えてきてくれた駿のことを、疑うこと自体が罪のように思えたのだ。
それに罪の意識を抱える桃佳にとって、駿の罪を追求することは、自らの罪さえもあからさまにしてしまうことのような気がしていた。そんな恐ろしいこと、できそうにもない。
彼女自身、自分が卑怯だということは嫌というほど分かっている。
けれど、身動きが取れない。
それに加えて、急に自分との間に薄い壁のようなものを作った多希のことも、彼女の中で引っかかり気がかりとなっていた。

「ね、桃佳。今日はもうこれで講義も終わりだから、一緒に駿君の大学まで行ってみない?」
「へ?」
突然のみなみの提案に桃佳は驚いた声を上げる。
「私も今日は章吾と会う約束してたから、一緒に大学まで行って驚かしてやろうよ」
そう言ってみなみはいたずらっぽい笑顔で、桃佳に向かって人差し指を突き出した。







「……ね、ねえ。本当に部外者が入っても大丈夫なの?」
大学の開放的な門の前で、桃佳はずんずんと中に入っていこうとする、みなみの服の裾を引っ張った。
「大丈夫、大丈夫。これだけ大きい大学なんだもん。誰が部外者かどうかなんて分らないって」
その言葉通り、二人のそばを行き来している学生たちは、誰一人として彼女たちのことを気にも留めない。
確かにこれだけの人がいれば、桃佳とみなみの二人くらい紛れ込んだところでわかるはずもなさそうだ。

二人はとりあえず広いキャンパス内を歩き始めた。
「でも、みなみちゃん。どこに行ったらいいのかな?」
不安そうな桃佳の声にみなみはふふんと笑った。
「大丈夫。あの正面の一番大きな建物のはずだから。あとは道行く人にでも聞いてみるわ」
たったそれだけの情報で、自信満々に「大丈夫」と言えるみなみの行動力が羨ましいと、桃佳は肩をすくめた。
けれど、二人の冒険はすぐに聞き覚えのある声で終わりを告げた。

「あれ~? みなみじゃん」
「章吾!?」
鞄を肩にかけ、玄関から出てきた章吾が嬉しそうに駆け寄ってくる。
「なんだよ!! 来るなら言ってくれたらよかったのに」
「だって、いきなり来てびっくりさせたかったんだもんっ」
そんな言葉を交わしながら、みなみは章吾の腕に絡みつき、章吾はみなみの頬を触ったりしている。
完全に二人だけの世界。桃佳の存在も忘れたように甘い空気をまき散らす二人に、桃佳は苦笑いするしかない。
「あ、今日ね、桃佳も連れてきたんだよ」
「え? あ、清水さん、こんちは」
言われて初めて桃佳の存在に気がついたような章吾に、桃佳はとうとう我慢できずに吹き出してしまった。
「……もうっ、二人とも仲良すぎて、ご馳走様って感じ……」
くすくすと笑う桃佳に、章吾もみなみも照れ笑いを浮かべる。
「それで……章吾、駿君は?」
みなみは章吾の腕にしがみついたまま、首をのばして辺りを見渡す。
「駿? 講義が終わったらすぐに教室出て行ったみたいだけど……まだ靴はあったから、中ににいるとは思うんだけどなあ」
章吾は今出てきた建物を振り返る。
「じゃ、探しに行く?」
にこやかに提案したみなみに、桃佳は首を振って見せた。甘い空気をまき散らすこの二人を、これ以上邪魔するほど野暮ではない。
「大丈夫だよ、みなみちゃん。ねえ、章吾君、出口ってここだけなんだよね?」
「ああ。そうだけど」
「じゃあ、きっとそのうち駿ちゃんも出てくるはずだから、私ここで待ってる」
桃佳の提案に、みなみは顔を曇らせた。気を遣う桃佳のこと、自分と章吾に遠慮してそんなことを言っているのはすぐにわかる。
そんなみなみの表情を見て、桃佳はにっこりと笑った。
「大丈夫だよ、みなみちゃん。近くの木陰ででも待ってるから。それにね、私ひとりの方が駿ちゃんもびっくりするでしょ? だから私のことは気にしないで。今日は二人、約束してたんでしょ?」
「でも……」
まだ曇った表情のままのみなみの背中を、桃佳はぐいと押した。
「もう、心配しないで。楽しんできてよ。章吾君も、またね」
そう言ってにこやかに手を振る。
それでも表情を変えないみなみの肩を、章吾がぽんと叩く。
「みなみ、じゃあそうさせてもらおう。駿が来たら、俺たちが邪魔になるだけだしな」
「そっか……うん、そうだよね。わかった。じゃあ行くね。桃佳、また明日ね」
「うん。また明日」

手を振り去っていく二人の後ろ姿を見送って、桃佳は出てくる人がよく見える木陰に移動した。みなみ達の去って行った方を見ると、楽しそうに笑い、しっかりと章吾と腕を組むみなみの姿が見えて、何となく羨ましい気持ちになる。
隠し事のなさそうな、仲のいい二人。
そんな姿が、今の桃佳にはひどく眩しく映った。
背中を木の幹に預け、ひとつ息をついて学生たちが出入りしている玄関を見る。駿の姿はまだない。
自分がこんなところにいたら、駿はどんな反応をするだろうか……そんなことを考えると、少しだけ顔がゆるんでしまう。
喜んでくれるだろうか? これからもこうして、駿のことを迎えに来てみよう。
そんなことを考えながら、ひとり微笑む。

『逃がさないよ、モモ』

急に耳の奥で多希の言葉が響き、桃佳は体を固くした。
多希がいる限り、穏やかな日々など、本当は来ないのだ。
その言葉のとおり、多希はきっと桃佳のことを逃がしてなどくれないだろう。

……けれど、自分は本当は多希さんから逃げたいの?

そんな疑問が無意識に浮かんでくる。
あってはならない、考えてはいけない疑問に、桃佳はあわてて頭を振った。その時、視界の端によく知った影を捉えた気がした。
「駿ちゃん?」
小さく呟いて、手ぐしでさっと髪を整え目を凝らす。外へと続く階段をゆっくり下りてくるのは、紛れもなく待ち人の駿だった。
「駿ちゃん」
小さく片手をあげて木陰から走り出そうとしたとき、階段から下りてくる駿が振り返り立ち止まるのが見えた。

「駿!! 待ってってばー」
駿を追いかけて来たのは、見たこともないくりくりとした瞳が愛らしい女性だった。
駿は彼女を振り返り、何やら楽しそうに話している。その顔は、桃佳が見たこともないような気を許した笑顔で、彼女は思わずその場で立ち竦んでしまう。
二人は並んで階段を下りてくる。女性はやたらと駿の体に触れ、駿も女性の髪に触れたりと、ひどく仲がいいように見えた。
……仲がいい。
多分、仲がいいという言葉だけでは終わらせられそうもないくらい。
駆け寄ることもできず、立ち竦んでいる桃佳に駿が気づいたのは、かなり近くまで来てからのことだった。

駿は驚いたように、ここにいるはずがない桃佳を見つめた。
足を止めた駿を不審に思った女性も立ち止まり、駿の視線の先にいる桃佳を見つける。
「……清水、どう、したの?」
「……え、えっと、みなみちゃんと一緒に来たの。いつもよりも早く講義が終わったから。みなみちゃんは章吾君ともう行っちゃったんだけどね」
そう言って俯く。
何を動揺しているんだと、桃佳は自分に言い聞かせた。駿が自分の知らない人と一緒にいても不思議ではないはずだ。ここには桃佳の知っている人間などほとんどいないのだから。
それに、駿にも彼の付き合いがある。
けれど、桃佳の中にさっきの見たこともないような駿の笑顔がちらついて離れない。
「ねえ? もしかしてこの子……」
駿と一緒にいた女性が、桃佳の顔を覗き込む。それから頷く駿の顔を見て、口の両端をきゅっと上げた。
「あ、やっぱりそうなんだ。あなた駿の彼女でしょ? 私は美鳥。駿とはバイト先が一緒なんだ」
「そう、なんですか」
美鳥は面白そうに、駿と桃佳を交互に見る。
「うん、いつも駿からあなたのことは聞いてるよ~」
「美鳥っ……さん」
いつもの癖で呼び捨てにしそうになり、駿はあわてて「さん」をつける。けれどそれがかえってぎこちない空気を生んだ。
桃佳にもそれは伝わった。いつもは駿が彼女のことを呼び捨てにしているのだろうことが。
駿が呼び捨てにする女性。同じバイト先。
ひどく悪い予感に包まれる。
「今ね、バイトのシフトのこと話してたんだ。彼女が来てるんなら、また今度でいいや。じゃあ駿、またね」
美鳥はそう言うと、さっさと手を振って歩いて行ってしまった。
桃佳は少しだけ眉をひそめて、遠ざかっていく背中を見つめる。
「清水、来るなら来るって言ってくれたらよかったのに」

……言わないと、何かまずいことでもあるの?

喉元まで出かかった言葉を、桃佳はいつものように飲み込む。
ただバイト先の人とシフトの話をしていただけだという駿に、責めるような言葉は意味がない、そう思ったから。
「うん。ごめんね。びっくりさせようと思ったんだ」
「そっか。……うん、びっくりしたよ」
微笑む駿の表情は、いつもと同じように穏やかで優しい。
「じゃあ、今日はちょっとゆっくり過ごせそうだね」
「うん」
駿は桃佳の手を取ってそっと握った。やはりいつもと同じ、優しくて温かい手。
「じゃあ、今日は清水の家に行ってもいいかな? いつもよりもずっと早いし、久しぶりに」
どきりと桃佳の胸が大きく脈打つ。
この前の、乱暴な駿の姿が思い出されてほんの少しだけ足が震えた。
「いや、その、ダメだったらいいんだ。いつものようにどっかで話しようか」
そんな桃佳の様子に気がついたのか、駿も困った顔をした。
「ううん、大丈夫。来て」
記憶の中の乱暴な駿を、桃佳は無理やり心の奥の方に閉じ込めた。

いつまでもこだわっていてはいけない……私はこれからもこの人と一緒にいるんだから。

ふたりは手をつないで歩きだした。

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