りんどう庵

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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


80.君の色

2010.04.07  *Edit 

食事を済ませ車まで戻ってきたふたりだったものの、多希はエンジンをかけて桃佳を車内に残したままで、さっきから車の外で携帯を片手に誰かと話をしているようだった。
桃佳としては、また彼が熱中症にでもなるのではないかと思うと気が気ではない。
しばらく誰かと電話で話し込んだ後、やっと涼しい車内へと戻ってくる。

「ああ、車の中は涼しいな」
手の甲で汗を拭いながら、多希は携帯をポケットにしまった。
「あの、何かあったんじゃないんですか? 仕事とか……」
「え? ああ、別に仕事の電話じゃないよ。俺今日は当番じゃないし。さ、行こうか」
にこりと笑ってハンドルを握る。
「行くって、どこにですか?」
そう言ってから桃佳ははっとして口元を押さえた。自分の口から出た言葉。それが「まだ帰りたくない」と言っているように取られてしまったのではないだろうかと。
そして、少なからずそういう感情を抱いてしまっている自分がいる。
もう少しこのままでいたい。
そんな許されない感情を。

「行先? 内緒」
多希はそんな桃佳の言葉を少しも気にする様子もなく、どこか楽しそうに笑っている。
車は流れるように駐車場を後にした。



海辺からどんどん市街地へと車は走った。お洒落なビルの立ち並ぶ一角の駐車場に、多希は入っていく。
「えっと……どこに行くんですか?」
車から降りた桃佳は、あまり来たことのない場所で、周りをきょろきょろと見渡す。
「ま、いいから」
多希はやはり楽しそうに、桃佳の腕を引いて歩きだす。
「え? っちょ、多希さん?」
腕を引っ張られ、躓かないようについて行くと、多希はおもむろに一軒の店の中へと入っていく。
自動ドアが開き、冷房のきいた涼しい風が一気に桃佳を包んだ。
「いらっしゃいませ」
「ああ、すいません。予約していた柴山です」
「はい、お待ちください」
女性店員はすぐに了解したようで、カウンターの裏側に消えていった。
店の中を見渡していた桃佳は、ちょんと多希の服の裾を引っ張る。
「多希さん、ここって」
「美容室だよ?」
「いえ、それはわかりますけれど……」
多希の言ったように、この場が美容室であることは、桃佳にも分かった。しかし、どうしてこんなところに連れてこられたのかがわからない。しかも「予約」とさっき多希が言っていたような気がする。美容室で「予約」するのは、カットとかパーマとかそう言ったもののはず。そのどちらも、ふたりに今すぐ必要なものとは思えなかった。
「あの、どうして」
ここに来たんですか? 
そう聞こうとしたとき、奥から出てきた美容師が「いらっしゃいませ」とふたりに声をかけてきた。

「担当の桐野です」
そう名乗った女性は、豊かな黒髪を後ろでひとつに結いあげている。グラマラスな胸元には『桐野律子』と書かれた名札が下がっていた。
にっこりとほほ笑んでふたりを見た律子は、多希の顔を見ると驚いたような目をして、その顔を見つめた。
「すいません。じゃあ、電話でお願いしたとおりに……あの?」
呆けたように自分の顔を見ている律子に、多希は怪訝そうな表情を向けた。律子ははっとしたように我に返ると、営業用の笑顔を向ける。
「あ、す、すいません。わかりました」
「じゃ、よろしくお願いします」
そう言うと、桃佳を残してくるりと踵を返して出て行こうとする多希の服の裾を、彼女はあわててつかんだ。
「た、多希さん、どういうことですか!? どこ行くんですか!?」
多希は服の裾をつかんでいる桃佳の手を離すと、にっこりと微笑む。
「うん? ちょっと買い物だよ。モモのことはちゃんとお願いしてあるから」
「お願いって……」
不安げな表情を見せる桃佳の肩を、多希は律子の方に向ってそっと押した。
「大丈夫だから。じゃあ、よろしく」
「多希さん!!」
どうしていいのか分からず、桃佳は去っていく多希の背中を見送るしかなかった。自動ドアが閉まり、その背中が消えていく。
「こちらへどうぞ」
軽く混乱して立ち尽くしている桃佳に、律子がにこやかに声をかける。桃佳は戸惑いながらも律子に促されて、美容室の奥へと入って行った。

何もわからないまま椅子に座らされ、肩にタオルをかけられる。
すっかり固くなってしまっている桃佳に、律子は思わず苦笑いをした。
「セットと、メイクをするように言われているのよ」
「え?」
「先ほどの方にお電話を頂いて、セットとメイクをしてほしいと……聞いてなかった?」
「はい」
律子は桃佳の髪の毛をほどくと、その軟かな髪に櫛を通す。桃佳もとりあえずここまで来てしまったからには逃げ出すこともできず、素直にそれに従った。
「……先ほどの方は彼氏ですか?」
突然の質問に、桃佳の心臓は跳ね上がる。
違いますと咄嗟に言いそうになったものの、だからと言って自分たちの関係を説明する言葉も見当たらず、曖昧に頷く。
「そう」
律子はそう言って少しだけ複雑な表情をした。けれど、そんな彼女の表情の変化を読み取る余裕は、桃佳にはなかった。

律子は桃佳の髪の毛を梳かし、結いあげながら、数週間前の出来事を思い出していた。
一晩限りのセックス、「もう二度と会わない」と言って、極上の笑みを残して去って行った、綺麗な男のことを。
冷たい微笑みを浮かべ、余裕で自分を抱いていたかと思えば、急に余裕を失い、最後まで一度も唇にキスをくれなかった、ひどく印象的な男……
その彼が今日、突然目の前に現れたことで、律子もまた少なからず動揺していた。一方の男は、少しも律子のことなど気がついてはいなかったとしても。
あの時、自分の唇にキスをくれなかった理由かもしれない、この小さく華奢な少女に、律子はとても興味を抱く。
「ねえ、彼氏さんは優しい?」
思いもかけない質問に、桃佳は頭を悩ませる。
優しいと言えば、優しいのかもしれない。けれど出会いは最悪極まりなく、どれだけ優しくされたとしても、それは自分と駿とを別れさせるというゲームの目的の上に成り立っているもの。
そんなゲームの中の関係だとしても、多希は病気の自分を病院に連れて行ってくれたり、弟の楓にも親切にしてくれた。それは嘘ではない。
「優しいんだと思います」
呟くようにそう答える。どんなにひどいことをされたとしても、一緒に過ごすうちに『多希は本当は優しい人』だと思う自分がいた。
「ふうん。ねえ、彼ってよくキスしてくるの?」
「ええ!?」
赤くなって動揺する桃佳に、からかってやりたい気持ちを抑えられずに律子は続ける。
「キス。するんでしょ?」
すっかり固まって俯いてしまった桃佳に、律子は少しだけ寂しそうに笑う。
「いいなあ……私なんてね、結婚してキスなんてあまりしなくなっちゃった。唇へのキスはね、特別。もしかしたら、エッチするよりも特別かも」
「そんなものなんですか……?」
「そうよ。だから羨ましいわ」
律子は、多希が最後までくれなかった口付けは、全て目の前の少女に捧げられているものだと確信する。
それは女の直感。
もしかしたら、桃佳に向けられていた柔らかな微笑みを見た時からそんな気がしていたのかもしれない。少しだけ嫉妬してしまう。
それを隠すかのように、それからは黙って桃佳の髪を整え、その顔にメイクを施していった。

「ほら、出来た」
ぽん、と律子に肩をたたかれ、桃佳は鏡の中の自分を見た。
髪の毛は高い位置でふわふわとひとつにまとめられ、パールの付いた小さな花の飾りがアクセントになっている。
いつもはファンデーションと口紅だけというような化粧も、アイシャドーやマスカラで大きな瞳が引き立ち、ほんのりとチークを乗せられた頬はいつもよりも健康的だ。
「どう?」
「なんだか……いつもの自分とは違って見えますね」
そう言いながら、そっと顔に触れる。鏡に映る自分は、いつものおとなしいイメージは払拭され、とても快活そうだ。
「ああ、それからこれに着替えてって。さっき彼氏さんが持って来たわよ」
「え?」
律子から紙袋を手渡され、着付け用の個室に案内される。
桃佳は戸惑いながらも紙袋の中の洋服を広げた。

黄色地にビタミンカラーの花柄が綺麗な、裾が三段フリルになったシフォンのキャミソール。胸が大きく開いているデザインで、中にホルターネックのキャミソールを合わせてある。首元には大ぶりな天然石のネックレス。それにデニムのショートパンツ。
鏡の中に映る自分を、桃佳は不思議な気持ちで見つめていた。
いつも見ているはずの自分の姿。それがまったく違って見える。
普段の控えめな印象の自分はそこにはいない。こんなに肌を露出するような服装をしたことはないのに、なぜかそれほど恥ずかしいとも思わなかった。
いつもと違うメイク、髪型。それに、自分では絶対に選ばないような服……
颯爽と風を切って歩いていそうな鏡の中の自分を、こんな私もいたんだと、桃佳はどこか信じられないような気持で見つめた。

「ああ、似合ってるね」

突然声をかけられ、びっくりして振り返ると、いつの間に入って来たのか入口に多希が立っていた。桃佳を見て嬉しそうに笑っている。
「多希さん……あの、これ」
「似合ってるよ?」
「そうじゃなくって……これ、どういうことですか?」
「プレゼントだけど?」
「え? そ、そんな、困ります!!」
慌てふためく桃佳を見て、見かけは変わっても、反応はいつもと同じだと多希は苦笑する。
「ああ、前にも言ったけど、俺結構な高収入なの。それに、モモに何かをしてもらおうだなんて思ってないから心配しないで。それとも何かしてくれる?」
意地悪に微笑む彼に、桃佳はぐっと言葉を飲み込む。勿論、「何をしたらいいですか?」なんて言葉は、ライオンの檻に裸で飛び込むようなものだ。
「よかったね」
多希は桃佳に近付くと、少しだけ身を屈め、彼女と視線を合わせて今度は優しく微笑んだ。
「黄色、似合わないなんて言ってたけど、よく似合ってるよ。似合わないなんて決めつけないで、着てみればいいんだ」

とくんとくんと、鼓動が鼓膜を震わせる。

急にこんなところに連れてきた理由、それが、今のたったひと言のためだったとしたら……?
自分のことを決めつけるなと、そう言いたかっただけだとしたら……?

「こういうモモもいいと思うよ」
ぽんと大きな掌が頭に乗せられる。
その大きな掌から何かが伝わってくるような気がする。
今まで誰もくれなかった言葉。違う自分でもいいと言ってくれる言葉。
もしかしたら、ずっとその言葉が欲しかったのかもしれない。過去にとらわれなくても、控えめな自分じゃなくてもいいと言ってくれる誰かの言葉。

「じゃ、行こうか」
多希の言葉に、桃佳は素直に頷く。
そして多希を見上げると、笑顔を見せる。
いつもと違う色を纏った彼女の笑顔は、いつもよりずっと明るい色を放っていた。



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