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ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


82.キス

2010.04.14  *Edit 


ふたりでドライブをしながら市街地まで戻り、食事を済ませて店を出るころにはもうすっかり『今日』が終わる時間も近づいていた。
何を話し込んでいたという訳でもない。ただ、お互いに「帰ろう」と言うきっかけをつかめないまま、時間だけが過ぎたようなものだった。
窓の外を流れる明かりを、桃佳は助手席の窓からじっと眺める。街の灯が素知らぬ顔で流れては去っていく様子を。
車は減速し大きな通りから小さな道に曲がる。もう少しでふたりの住んでいるアパートが見えてくるはずだ。
長いようで短かった一日がもうすぐ終わろうとしている。桃佳は大きく息を吸い込むと口を開いた。

「あの……今日は本当にありがとうございました。服までいただいてしまって……」
ぺこりと頭を下げる桃佳に、多希は前方に視線をやったままでふっと微笑む。
「別にお礼を言う必要はないよ。モモを無理やり連れ出したのは俺なんだから」
「でもっ」思わず桃佳は身を乗り出す。「楽しかったから……」
最初は確かに気乗りしなかった。多希と一緒にいることで、彼と比較されるのが嫌で。けれどそんな思いを消してくれたのもまた多希だった。それだけじゃない。いつも自分を守ってばかりだった桃佳に新しい自分を見せてくれたのも、少しだけ変わるきっかけをくれたのも……多希だ。
「だから……ありがとうございます」
けれど桃佳にはそんな自分の気持ちをどう伝えていいのかわからなくて、じっと運転する多希の横顔を見詰めた。ちらりと桃佳に視線を移した多希は、左手をぽんと彼女の頭に置く。
「そっか。モモが楽しかったなら、それでいい」
車はゆっくりとふたりの住むアパートの駐車場に滑り込んだ。


「あの、お茶でも飲んで行きませんか?」
桃佳は自室の前で振り返ると、少しだけ遠慮がちにそう言った。
こんな時間に自分の部屋に誘うのはどうかと思ったものの、このまま玄関前で「さようなら」と言うのはあまりに失礼な気がするのだった。
そして何よりも、桃佳自身が「お茶でも飲んで行ってほしい」と思っているのも事実。
「そうだな……じゃあ、少しだけ」
少しだけ考えた後、多希もにこやかに桃佳の誘いを受ける。
「よかった。じゃあ、どうぞ」
ガチャリと玄関のドアを開け、真っ暗な室内に入っていく。多希はそんな彼女の後について入って行った。
玄関のドアを閉めると、思った以上に室内は暗い。レースのカーテンだけしか閉められていない室内には、外灯の明かりや月明かりが差し込んでほんのりと明るいものの、それでも明るい廊下に目が慣れていた桃佳にとっては目をこらさなければ何がどこにあるのかもよくはわからないくらいだ。
ふたりが居間に入った時、暗闇に浮かびあがるデジタル時計が、ちょうど24時を示す。
「あ……日曜日になっちゃいましたね」
電気をつけようとスイッチを探っていた手を止めて、桃佳がポツリと呟いた。
そんな桃佳の小さな呟きに、多希は思わず眉をひそめる。
それは、思いもよらないほど大きな感情のうねりとなって多希のことを一瞬にして包み込んだ。自分でも考えられないほどの感情の揺らぎに、多希自身戸惑い、眩暈を起こす。
つい今まで自分だけのものだった彼女が、もうすぐ駿の彼女に戻ってしまう。それは今日一日積み上げてきた独占欲が、音もなく崩れた瞬間でもあった。

「ええっと……スイッチは……」
手探りで桃佳が部屋のスイッチを探っている。彼女の指先がスイッチに触れる一瞬前、多希は何かを考えるよりも先に、その腕を掴んでいた。
「た、多希さん?」
急に腕を掴まれ、桃佳は驚いたように彼の方を見た。
幾分目が慣れた闇の中で、多希が眉をひそめて自分をじっと見ていることが分かる。
その顔は……怒っているようで、悲しんでいるようで、そのどれでもないようで、桃佳にはかける言葉も見当たらない。
「た、多希さん。電気つけますから」
どう声を掛けていいかわからないからこそ、桃佳はわざと誤魔化すようにそう言いながら再びスイッチに手を伸ばす。しかし、その腕はさっきよりも強い力で多希に引き寄せられてしまった。
引き寄せられ、多希の方を向かされる。多希は困ったような表情をしている桃佳の両肩を、逃げられないように、けれど痛くない程度の力でぐっと掴む。

多希は両肩をつかみ、桃佳のことをじっと見据えたままで一言も発しようとはしない。
ただ静かな部屋の中に、お互いの静かな呼吸の音だけが響いた。
微かに部屋に差し込んでいる光を反射させている瞳に射抜かれ、桃佳は全身が心臓になってしまったかのような鼓動を感じながらも、目を反らすことができないでいた。
本当はまっすぐに向けられるその視線が、自分の中の何かを壊してしまいそうで怖い。すぐにでも目を反らしたかったのに、桃佳は自分の意志とは別に同じように目の前の多希の瞳を見つめ続ける。
肩を掴んでいた多希の手が離れ、そっと桃佳の頬を指先で撫でる。そして本当にゆっくりと、その顔が近づいてきた。

「キスをされる」

そのことは桃佳にもすぐに分かった。
もう肩も抑えつけられてはいない。ゆっくりと近づいてくる多希をかわすのは簡単なことだ。顔をそむけ、逃げだせばいいだけのことなのだから。今ならばそれが可能。
けれど桃佳の体はどうしても動かない。

「キスをされてもいい」

それだけではない。

「キスをされたい」

そんな感情さえ抱いてしまう自分が、多希の腕から逃れることを望んでいないかのように体は動かないのだった。

じっと見詰めたまま多希の顔が近づき、そっと唇が触れあう。
その瞬間も、桃佳は自分を見つめ続ける瞳を同じように見詰めていた。まるで自分がキスをしている相手を確かめるように。
何度も触れるだけのキスを繰り返す。本当に触れるだけの……
多希の瞳が切なげに揺れ、その瞬間に強く抱きしめられると、触れるだけのキスは深く貪るようなものに変わる。
微かな煙草の香りが口内に広がり、煙草を吸わない駿とは決定的に違う存在だということを認識する。激しいキスを交しても目を閉じることなく、多希の目をじっと見つめたままの桃佳にはわかりきったことだとしても、それでも視覚とは別の感覚で多希を感じることは一層強くその存在感を感じるということを思い知る。
「……ぅ……っふう」
激しいキスの合間に、酸素を求めるように声が漏れた。妙に濡れた声を出してしまったような気がして、桃佳は急に恥ずかしくなった。
多希は少しだけ唇を離すと、そっと彼女の頬を撫で、再び唇を重ねてくる。
わざと音を立てて、唇を押しつけ、吸いつく。
頬を撫でていた手は、首筋をなぞり鎖骨をゆっくりと降りていく。そしてその大きな手は、桃佳の胸の膨らみにそっと触れた。
「んっ」
体がびくんと震わせ、桃佳は目を細める。
唇が触れるか触れないか程の距離でふたりは見つめ合う。
先に目を反らせたのは多希の方だった。そっと桃佳の下唇に触れるだけのキスをすると、彼女の頭を引き寄せて自分の肩に押しつけた。

「……どうして抵抗しない?」

桃佳には答える言葉がない。ただ言えることがあるとするなら、「イヤじゃなかったから」。更に言うなら「そうしたかったから」。
けれどその言葉は自分が発していいものかどうか分からない。

「……俺は、駿じゃないよ」

駿に無理やり抱かれ、その後に多希とキスをしてしまったときにも同じことを言われた。
あの時には自分のしてしまったことが恥ずかしくなって、ただ顔を背けるだけだった。
けれど、今の桃佳にはわかっている。目の前にいる人が誰かも。自分が誰とキスをしたのかも……

「……わかってます。あなたは、駿ちゃんじゃない……」

口にした途端、ジワリと涙が滲んできた。けれど泣くのは間違っている気がして、ぐっと溢れそうになる涙をこらえる。
涙が溢れないように唇を引き結んで口を噤んだ。
しばらく多希に抱きしめられるままその胸に顔を押しつけていた。どれくらいそうしていたのかはわからない。数分か、それとも数秒かもしれなかった。
多希が大きくため息をつき、そっと桃佳の体を自分から引き離す。

「帰るよ」

そう呟くように言うと、もう一度桃佳の唇にキスをして踵を返した。
振り返ることもなく玄関のドアを開けて出ていく後姿を桃佳は黙って見送る。口元をしっかりと押さえるようにして。
そうでもしないと自分でも何を言い出すかわからなかったから。

バタン。

多希が部屋を出て、完全に彼の気配が消えてから、桃佳は崩れ落ちるように座り込むと、声を押し殺してひとり泣いた。
涙の理由をもう、誤魔化せそうもなかった……


キスを交わした唇が、ひどく熱い。

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