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ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


83.崩れ去る時

2010.04.17  *Edit 

桃佳はきれいに洋服を畳むと、引き出しの奥の方にそっとしまい込んだ。それは自分では決して選ばない色とデザインの、新しい自分を教えてくれた服。
昨日の夜ひとりになってから、彼女はそれを丁寧に手洗いしておいたのだった。微かに残る、煙草の香りも全て消し去るように……
朝になると洋服はすっかり乾き、優しげな洗剤の香りだけを漂わせていた。

しっかりと箪笥の引き出しを閉めると、桃佳は大きく息をついた。
もう誤魔化せなくなってしまった自分の思い。そう、自分が多希に惹かれてしまっているという事実。
気が付いてしまったからと言って、桃佳にはそれをどうすることもできない。
惹かれている自分に気がついたからといっても、多希が駿の兄であることも、この関係がゲームであることも、多希の目的が駿を苦しめることだということも、何ひとつとして変わらないのだから。
それに、駿に対する気持ちも変わってはいない。
だからこそ桃佳には閉じ込めることしかできないのだ。全ての気持ちを、この洋服と一緒に奥の方にしまい込んでしまうしか。

鏡の中の自分を見た。
そこにいるのは、いつもと変わらない薄化粧を施し、柔らかい色の服に包まれている自分。桃佳が一番よく知っている自分だ。
昨日はまるで別の自分になったようで、本当に嬉しかった。こんな自分もいるんだと、そう思えるだけでわくわくした。そしてそんな自分を見つけてくれた多希への、気持ちを誤魔化すことができなくなってしまった。
重ねた唇は、思い出すだけで熱を帯びてくるよう。
昨日の桃佳ならば、もしかしたら全てを捨ててしまうこともできたのかもしれない。けれど桃佳が選んだ答えは、『洋服も自分の思いもしまい込む』。そして、いつもと同じ自分に戻ること。
多希に急速に惹かれている。それでも、駿を裏切ってまで選び取るという選択は、彼女にはどうしてもできなかった。どちらをより大切に思っているのかなんて、そんなことは桃佳にも分からないのだから。
選べないのならば、桃佳にできる選択はただひとつ……
桃佳はポーチからグロスを取り出すと少しだけ乱暴に唇にひいた。
まだ残る感触も、熱さえも、隠してしまうように。
これから会う駿に、ほんの欠片も気が付かれてはしまわないように……





待ち合わせの場所にはまだ駿は来ていないようだった。
いつもならば駅で待ち合わせするものの、駿に買い物があるということで、直接映画館で待ち合わせることになったのだった。
休日ということもあり、映画館には人が多い。天井から吊るされたたくさんのモニターからは、今公開中の映画の映像が大音響とともに流れている。
桃佳は壁に寄り掛かって、その映像をぼんやりと眺めていた。確か見たいと思っていた映画のはずだったのに、モニターに流れる映像は少しも彼女の興味をひかない。
うっかりぼんやりとしてしまうと、昨日の夜のことが思い出されてしまうので、必死にモニターを凝視する。それでもやはり、集中することはできなかった。頭に浮かんでくるのは、昨夜のことばかりで……
モニターを見るのを諦めて視線をつま先に落とした時、桃佳はぽんと背中を叩かれた。
「ごめん、待った?」
そこにはにこやかに笑う駿が立っていた。
「……ううん。待ってないよ」
「そっか。それならよかった」
いつもと同じ穏やかな笑顔。自分を包み込んでくれるように微笑む駿。その顔を見て、桃佳はどこかほっとしていた。
それは久しぶりに実家に帰ったような、そんな安心感に似ているような気がする。温かく、自分を受け入れてくれる場所に。それがふたりで育んできた時間の安らぎなのだと、桃佳は思う。
「じゃあ、中に入ろうか」
先に中に入ろうとする駿の手を、桃佳は咄嗟に両手で掴んでいた。駿がびっくりしたように彼女のことを見つめる。
桃佳は自分がその時どんな顔をしていたのかわからない。もしかしたら、泣き出しそうな顔をしていたかもしれなかった。
「……どうしたの?」
そう聞かれても、桃佳は何と答えていいのかわからない。
困ったように俯き、しっかりと痛いくらいに自分の腕をつかんでいる彼女のその手を、駿はそっと握る。
「なにかあった?」
その言葉に桃佳は大きく首を振る。
覗き込むように桃佳を見つめる駿の瞳はまっすぐで、彼女は苦しくなってしまう。
「……ごめんね、なんでもないの」
必死で笑顔を作り、顔を上げる。「映画、もうすぐ始まっちゃうね」
じっと窺うように桃佳を見ていた駿は、さっきよりも力強くその手を握った。
「そうだね、じゃあ行こうか」
「うん」
いつものように手を繋いで歩き始める。
温かな駿の手。桃佳に合わせたゆっくりとした歩調。

……ごめんね

心の中で呟いて、桃佳は駿の手をしっかりと握った。




「私、ちょっとお化粧直してくるから」
美緒はハンカチで口元を押さえながら、そう言うとかなり急いで化粧室に走って行った。
美緒から誘われた恋愛映画は、正直拓巳にはあまり面白いものではなかった。
けれど美緒には何か思うところがあったのか、ラスト付近ではしゃくりあげるのを必死でこらえながらスクリーンを真剣に見ていた。
言うまでもなく、しっかりと施されたメイクは、ぼろぼろと流れ落ちる涙と共にハンカチにほとんどが吸い込まれてしまったらしい。とてもそのままでは外には出られないな、と拓巳が思ってしまうほどだ。
化粧室に消えていく美緒の背中を見送りながら、これは相当待たされるかもしれないと、拓巳は苦笑いを浮かべた。
足を止め、一息ついたとき、拓巳は見覚えのある横顔に目を止める。
そして人懐っこい笑顔でその人物の肩をたたいた。
「駿!!」
「え? あ、拓巳さん!!」
見覚えのあるその横顔。それは多希の弟、駿のものだった。
最近では殆ど顔を合わせることもなかったものの、駿が高校生の頃などは、見かけるとよく何かをおごったりしたものだ。
「お久しぶりです」
久々に会う兄の友人に、駿はぺこりと頭を下げる。
随分会ってはいなくても、変わらない笑顔に、駿は思わず嬉しくなった。あまり自分のことを話さない多希が信頼している、駿が知る限り唯一の人間。
「映画、見に来たの?」
ここが映画館ということを考えれば、当然の質問にも駿は笑顔で答える。
「はい。もう少ししたら始まるみたいです。拓巳さんもこれから見るんですか?」
「いや、俺はもう帰るところだから」
「そうなんですか。ひとりですか?」
「いや、連れは今泣きすぎたから化粧を直しに行ってるよ。まだしばらく待たされそうだよ。駿は? ひとり?」
苦笑しながらそう言う拓巳に、駿はドリンクコーナーの方を見て指をさす。
「いえ、今飲み物を買いに行ってくれているんですよ」
「もしかして、彼女?」
興味津々といった様子で身を乗り出してくる拓巳に、今度は駿の方が照れたように苦笑する。
「……ええ、まあ」
「へえ、紹介してくれよ」
「もう少ししたら来ると思いますよ。あ、今買い終わったみたいだから」
そう言って駿はドリンクコーナーの方に、手を挙げて見せた。


手を挙げる駿に、桃佳は駆け寄った。
桃佳の位置からは背中しか見えなかったものの、駿は誰かと話しているようだ。その背中は、どこかで見たことがあるような気がしたものの、どうしても思い出せない。
「清水、ありがとう」
駿がにこやかに飲み物の入ったカップを受け取ろうと手を伸ばした時、背中を向けていた人間が桃佳の方を振り返る。
その顔は……あまりのことに、桃佳は体が震えだすのが分かった。
それは拓巳も同じで、ひどく驚いた顔で桃佳の顔を凝視する。なぜ、多希の彼女である桃佳が、弟の駿と一緒にいるのだろうか?
「拓巳さん。俺の彼女」
「……え?」
そう言われて拓巳は駿と桃佳の顔を交互に見た。
久しぶりに会った多希の弟が彼女だと紹介しているのは、多希が「大事な人」だと言ったその人に他ならない。
すぐには理解できなくて、拓巳は何度も何度も交互に駿と桃佳の顔を見る。
何かを言おうとして拓巳が口を開いた瞬間、それを察したように桃佳が慌てて口を開く。
「は、はじめまして!!」

はじめまして……なはずがない。
拓巳はもう桃佳に会っている。忘れるはずもない。
そして、桃佳が自分の顔を忘れたとも、考えられない。
けれど桃佳は拓巳に向かって「はじめまして」と確かに言った。
もう一度桃佳の顔を見ると、もともと色白の顔は、蒼白といっていいほどに色を失っている。ちらりと拓巳を見上げた瞳には、怯えたような色が浮かんでいた。
「はじめ……まして」
やっとの思いで拓巳もその言葉を口にした。
桃佳の胸倉を掴んで、今この場で質問攻めにしてしまいたい衝動を必死で抑える。照れたように桃佳のことを紹介する駿は、きっと何も知らないに違いないのだから。
ふたりの間の緊迫した空気に駿は少しも気がつかない。
拓巳と桃佳が顔見知りなどと思うはずもないのだから、気がつかなくて当然だ。
ちらりと時計を見ると、拓巳に笑顔を向ける。
「あの、時間みたいなんで、行きますね。今度よかったら一緒に飲みましょうよ。兄貴も誘って」
「……あ、ああ。そうだな」
「じゃあ、清水、行こう」
駿に促され、桃佳は拓巳のことは見ずに小さく頭を下げてその場を去った。

背中に拓巳の視線が突き刺さっているのが分かる。
全ての嘘が明らかになるのも時間の問題だろう。
幼いころからずっと多希のことを心配し続けた拓巳が、今日のことを放っておくことは考えられないから。

足が震えて今にも座り込んでしまいそうなのを、桃佳は必死でこらえた。
全てが終わってしまう。
もしかしたらもう、多希さんには会えなくなってしまうかもしれない……
そう思うと、ひどく胸が痛む。
けれどその一方で、もう嘘を重ねなくてもいいんだという、安堵感にも似た気持ちも感じていた。


どうにもできない気持ちならば、こうして誰かの手で終わりにするしかないのかもしれないと……



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