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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


85.終止符を打つ者

2010.04.20  *Edit 

人影もまばらになったホールで、美緒は壁に寄りかかり、片足をぶらぶらさせながらもうすぐ出てくるだろう人を待っていた。
その人影が目の端に映った途端、勢いよく走りだす。

「拓巳さん!!」
仕事を終えて事務室から出てきた拓巳に、美緒は走り寄る。
「ああ、美緒ちゃん。どうしたの?」
「どうしたのって……」
そう言いながら、美緒の顔は見る見るうちに不満げなものに変わっていく。
「昨日、どうして急に帰っちゃったんですか? あれから何度も電話したのに、拓巳さん、電話にも出てくれないし……」
そう詰め寄られ、拓巳は苦笑いを浮かべた。
昨日、偶然多希の弟駿と出会い、彼女を紹介された。その彼女がまさか……そのことを考えると頭痛がしてくる。どうしても自分の中で処理することができず、その後に美緒と食事とか、そういう気分にはとてもなれなかった拓巳は、「用事が出来たから」と言ってさっさと帰ってしまったのだった。
美緒から何度も電話が来ていたのも知っている。けれど、どうしても誰とも話す気すら起こらず、無視し続けてしまった。どうやらそれが美緒にとってはかなり不満だったらしい。
「その、何かあったんですか?」
不満げだった美緒の顔は、窺うようなものに変わる。
自分がメイクを直して化粧室から出てきたとき、拓巳からはいつもと違った空気を感じた。見たこともないような鋭い視線を、見えない誰かに送っていた拓巳のことが実はとても気になっていたのだ。
「いや、そんなんじゃないよ。その、急に仕事のことで呼び出されちゃってさ。ごめん」
美緒は桃佳のことを多希の妹だと思っている。嘘をつき続けていることに罪悪感を覚えている拓巳にとて、昨日のことなど話せるはずもない。桃佳と美緒が顔を合わせなくて本当によかったと、今更ながら心底ほっとした。
「……そうなんですか?」
「うん。本当にごめんね」
すまなそうに笑ってみせると、美緒はやっとほっとしたようにいつもの笑顔を見せた。
「よかったぁ。私、何かしたんじゃないかってずっと気になっていたんですよ」
無邪気なその笑顔が、拓巳の胸に突き刺さる。
「ねえ、拓巳さん、もう仕事は終わったんですよね? じゃあ、久しぶりに多希さんとモモちゃんのところに行ってみませんか?」
その提案に拓巳の表情は一変した。
「それはダメだ!!」
あまりにも急な変わりように、美緒は驚きを通り越したようにキョトンとしている。
「……え?」
自分の発してしまった言葉の勢いに、拓巳はうろたえる。
「いや、今日は多希、会議で遅くなるはずだから……それに、モモちゃんも学生だし勉強の邪魔もしちゃ悪いだろ」
取り繕ったように笑顔を作ったものの、それはとてもぎこちない。
「だから、また今度にしよう。ちゃんとふたりの都合も聞いてさ」
「え、ええ……」
そこには有無を言わさないような何かがあり、さすがの美緒もそれ以上は言葉を無くしてしまう。

今日はだめなんだ、今日は……ごめん、美緒ちゃん。

拓巳は心の中で小さく呟いた。



その人影を見つけた時、桃佳は「やっぱり……」と思った。彼がこのまま放っておいてくれるはずがない。そんなことは昨日から分かっていたのだ。
拓巳がこうして自分を訪ねてくることは、簡単に予想できた。だからこそ、アパートの前で桃佳を待っている拓巳を見つけても、驚くことはなかった。ただ、これですべてが終わるのかもしれないという、そんな思いを抱く。
「拓巳さん」
そう声をかけると、拓巳はゆっくりと桃佳を振り返った。その表情からは何を考えているのかはわからない。歩み寄ってくる桃佳に、拓巳は戸惑いがちに口を開いた。
「モモちゃん……もしかしたら物凄いお節介かもしれないと思ったんだけど、俺は……昨日のことをどうしても見なかったことにはできないんだ……」
「はい……分かってます。どこかでお話ししますか? 多希さんが帰ってくる頃ですから」
「いや、大丈夫だよ。あいつは今日は会議で遅くなるはずだから」
「そうですか。じゃあ……どうぞ」
ふたりは桃佳の部屋へと向かった。

「どうぞ」
拓巳の前に麦茶の入ったグラスを置くと、桃佳は彼の向かい側に座り込んだ。今更誤魔化しようもないと覚悟は決めていた。
「昨日のこと……」
他愛もない会話をしてしまうと、聞くべきことをきけなくなりそうで、拓巳はいきなり話を切り出す。
「はい」
「あれはいったいどういうこと? 駿がモモちゃんのことを彼女だって紹介してたけど……嘘、だよね? だってモモちゃんは多希の……」
まっすぐに拓巳を見つめていた桃佳は、大きくため息をつくと、ゆっくり、一言一言を確かめるように口にする。
「本当、です。私は、駿ちゃんの彼女、です」
その言葉を聞いても、拓巳はもしかしたら自分はからかわれているのかもしれないという思いを捨てられなかった。自分をだまして、楽しんでいるんじゃないかと。けれど、目の前の苦しげな桃佳の表情は、全てが本当だということをはっきりと告げている。
「どうして……だって、モモちゃんは多希の彼女なんだろ!! それがどうして駿の彼女なんだ!! ちゃんと説明してくれ!!」
ばんと両手で机をたたく音に、桃佳はびくりと肩を震わせる。
小さなころからずっと多希を心配して見守ってきた拓巳。彼には「説明してくれ」と言う権利があると彼女も思う。そして、その思いに応える義務が自分にはあると……

「全ては……ゲームでした」

ぽつりと呟かれた言葉に、拓巳は「え?」と眉をひそめる。ゲームと言われても、何の事だかさっぱりわからない。
「多希さんに出会ったのは六月の初めの頃でした……誘われた飲み会のお店で、初めて会ったんです。酔った勢いで、その、ホテルに行きました。多希さんは、私が駿ちゃんの彼女だって知っていたんです。知っていて、私に近づいた……ゲームをしようと」
そこまで言って、桃佳は麦茶を一口飲む。口の中が熱でもあるかのようにからからだ。
「ゲーム……?」
その言葉に、拓巳の眉間にはいっそう深い皺が刻まれる。桃佳はグラスを置くと、こくんと小さく頷いた。
「はい。多希さんは私にいくつかの条件を出しました。そして、4ヶ月間、一緒に過ごしてほしいと。その期間で私が駿ちゃんのことを思い続けられたら私の勝ち。もしも……多希さんのことを好きになってしまったら私の負け。全てを駿ちゃんに私の口から話すようにと」
「まさか……駿の彼女だって分かっていたって、じゃああいつは駿に当てつけるために?」
「それはわかりません。でも、きっと駿ちゃんのことは無関係じゃないと思います」
「なんだよそれ……くだらない……どうしてモモちゃんはそんなゲームに乗ったんだ?」
その言葉にはさすがに桃佳も口を閉ざす。恥ずかしい写真を撮られていたなどと、とても言えそうにはなかった。そんな桃佳の様子に、拓巳の方がハッとする。
「まさか、何か脅されて断れなくされたのか!?」
「脅されたなんてそんな……!! 確かに写真は撮られましたけど、それでも多希さんはゲームを始めてからはそれを使って何かさせようとしたことなんてありません!!」
言ってから桃佳は口元を押さえる。完全に余計なことを口走った。
「写真……? そうか、そういうことか……人に見られたくない写真を撮られたんだね。それでモモちゃんは断れなかったのか……」
納得したように頷く拓巳。その顔には卑劣な罠を仕掛けた多希への嫌悪の色が浮かんでいる。
「あいつ、なんてことを」
「でもっ、多希さんは無理矢理に私のことを奪うようなことはしませんでした! ずっと一緒に夕食を食べたり、ただそんな風に過ごしていただけなんです!! ……私のために、色々と優しくもしてくれたんです……」
幼いころから多希にとって唯一の理解者であった拓巳のそんな表情に、桃佳は悲しくて必死に言葉を紡ぐ。その瞳からは我慢できずに涙が溢れ出す。
「モモちゃん……?」
そんな桃佳の様子は拓巳に違和感を抱かせた。
本来ならば憎んでも仕方のない相手を、どう考えても桃佳は必死になって弁護しようとしているのだから。
「まさか」
そこから先の言葉を、拓巳には口にすることができない。
もし自分の考えが間違っていなかったとしたら、どうするべきか分からなくなってしまう。

ふたりの間に沈黙が流れる。桃佳の瞳からは止められない涙がこぼれ続けていた。
ふと、桃佳が左の手を拓巳に見せた。その薬指には指輪が光っている。小さなムーンストーンのついた可憐な指輪が。
「……これ、昨日駿ちゃんから貰いました。私の決断はこういうことです。こういう選択しか……私にできるはずないじゃないですか」
そう言いながら、指輪のはめられた左手を、桃佳はぎゅっと右手で握りしめた。
その痛々しいほどの表情に拓巳は言葉を無くす。
いくら鈍感な拓巳でも、桃佳が多希に惹かれていることは分かった。そして、そんな自分の気持ちを自覚したうえで、駿のことを選んだということも。
「モモちゃん……」
桃佳はぐいと手の甲で涙を拭いて、ほんの少しだけ笑ってみせる。
「だから、拓巳さんに全てがばれてよかったんだと思うんです。これで、きっと全てが終わるでしょ?
拓巳さんは、全てを終わらせるためにここに来たんでしょ?」
拭ったとはいえ、まだ潤んでいる瞳にじっと見つめられ、拓巳は再び言葉に詰まる。
まさか事の真相がこんな事だとは、想像さえできなかったから。
もしも桃佳が多希を騙して駿とも付き合っているのだとしたら、そんなことはやめさせよう。拓巳が思っていたのはせいぜいその程度だったのだから。
それが、実は全てが多希の仕組んだ「ゲーム」で、その事実を知りながら、桃佳は多希に惹かれているらしい。

「拓巳さん……終わりにするのが、正しいんですよね?」
答えを求めるように、桃佳は拓巳に問いかける。桃佳には自分で終わらせる力はない。いや、力とかの問題ではなく、自分の意志では多希から離れることはできないだろう。だからこそ、拓巳に終わらせてもらうしかないのだと、昨日からずっとそう思っていたのだ。
「間違っていますよね? こんなの……」
「モモちゃん……」
拓巳に終止符を打ってもらうことを求める桃佳の表情は、とても吹っ切れているようなものには拓巳には見えなかった。どう見ても、無理矢理に自分の気持ちを終わらせてしまおうという、苦しげなものでしかない。
だからこそ、拓巳にも迷いが生じる。
「間違っているんです。誰かを傷つけるためのゲームなんて……!!」
「モモちゃん」
両手で顔を覆って俯く桃佳の肩に、拓巳はそっと手を置いた。
確かに桃佳の言うとおりだろう。
多希のしたことは間違っている。
駿を苦しめるために始めたゲームなら、いつかそのしっぺ返しを食らうのは多希だ。そして、もしかしたら今がその時なのかもしれない。
傷が深くなり、致命傷にならないうちに、自分が止めるべきなのかもしれない。
拓巳の中にひとつの結論が生まれる。

「分かったよ、モモちゃん。多希のことは俺が止めるよ。だからもう、心配しないで」
その言葉に桃佳は濡れた瞳を拓巳に向ける。目が合うと、拓巳は彼女に向かって力強く頷いて見せた。
「今日、多希とも会おうと思ってたんだ。その時に、ちゃんと話してみるよ」
時計を見て拓巳はすっと立ち上がった。そろそろ多希の参加している会議も終わるころだろう。
「だからモモちゃんはもう、心配しないで。それと携帯の番号聞いておいていいかな。明日にでも連絡するよ。あ、あと、多希には今日はここに寄らないように言っておくから」
桃佳は拓巳の言葉を、こくんこくんと小さく頷きながら聞き、携帯の番号を伝えた。
「それじゃ、俺、多希に会ってくるよ」
「……っ、拓巳さん!!」
桃佳は思わず居間を出ようとしている拓巳のことを呼び止めていた。
「なに?」
「……いえ、何でもないです」
「うん、じゃあ」
「はい……」

バタンと玄関のドアがしまる音がする。
それは永遠に自分と多希との間に立ちふさがる扉が閉じる音のような気がして、桃佳はギュッと目を閉じた。

もう、後戻りはできないのだと……


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