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りんどう庵

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


86.偽りの裏にある真実

2010.04.21  *Edit 

ふう、とため息をつきながら、多希は指定された居酒屋の前に立った。
拓巳からの電話があったのは十分ほど前。医療機器メーカー主催の勉強会を終え、ちょうど病院の外に出た時だ。いつもとは違った断れないような語気で「話がある」と言われ、急いでここまでやて来たのだった。
多希としては一刻も早く桃佳の部屋に帰りたかった。今日だって勉強会があることは事前に決まっていたものの、すぐに帰るつもりだったからこそ連絡も入れていない。拓巳の話がなんであるかわからないものの、それでもすぐに切り上げて帰るつもりでいた。

居酒屋に入ると、拓巳が手を挙げて合図する。その表情はいつになく厳しい。何があったのかと訝しがりながらも、多希は彼の前の席に座った。
「どうしたんだ? 急に呼び出したりして」
「まあ、いいだろ。それより、ビールでいいか?」
「いやいいよ。モモが待ってるから」
にこりと微笑んで断った多希に、拓巳は眉をひそめる。
「……多希、モモちゃんは待ってないよ」
「は?」
「あ、すいません。こっちに生ふたつ」
店員に手を挙げて注文をする拓巳の腕を、多希は乱暴につかむ。
「拓巳、どういうことだ」
「……言葉の通りだよ」
「だから、どういう……」
言われている意味がうまく飲み込めず、多希は目を細めた。じっと見つめ返してくる拓巳を見て、つかんでいた腕を放す。桃佳に関係することならば、聞かないわけないはいかない。
「なんでお前がモモのこと分かってんだよ」
話を聞く気になったらしい多希に、拓巳は小さく息をついて話し始める。やはり桃佳の時と同じように、他愛もない話は一切挟むつもりはない。

「俺、昨日モモちゃんに映画館で会ったよ」
「ふうん、で?」
多希は煙草に火をつけながら、視線を拓巳に寄こしてくる。
「モモちゃんと一緒にいたのは駿だった。駿からモモちゃんのこと自分の彼女だって紹介された」
その言葉に一瞬動きを止め、多希はまだ火の付いていない煙草を灰皿にギュッと押しつけた。普段ほとんど動揺することのない多希が動揺しているのが、はっきりと拓巳にも伝わる。
「さっきモモちゃんに会ってきたよ。大体のことは聞いた。もちろん、ゲームのことも……」
「……随分と行動が早いんだな」
口元に冷たい笑みを浮かべながら、多希は再び煙草を取り出すと今度は火をつけ大きく吸いこむ。ゆっくりと白い煙を吐き出すと、無表情で拓巳を見据えた。
「で、モモはこんな酷いことに巻き込まれて、俺のことを恨んでるとでも言った?」
一見開き直ったように見えるその態度。しかし拓巳にはそれが多希にとっての自己防衛だろうことが理解できた。それまでに守りたい秘密だったのだろうことも。
「なあ、多希。どうしてこんなことをしたんだ? やっぱりその……駿のことを憎んでんのか……?」
「憎んでいた、ねえ……」
呟くようにぼそりと言った多希の言葉は、さっきまでのふてぶてしさは影を潜めている。ちょうど運ばれてきたビールに口をつけ、少しだけ微笑むその顔は自嘲的でもあった。
「憎んでいたのかもしれない。いつだってあいつは俺の欲しいものを持っていたから。だから、奪ってやりたかったんだ……駿にとっての一番大事なものを。
理解のある優しいオニイサンを捨ててしまいたかった……」
「多希……」

多希の中でいろいろな思いが過っては消えていく。
初めは駿を苦しめてやろうと思っていた。いつだって多希には得られなかったものに囲まれていた駿に、一番大事なものを奪われてしまう悲しみを味わわせたかった。だからこそゲームを始めたのだから。
それがいつの間にか、ゲームの目的さえも忘れるような日々が続き、自分でも信じられない程の穏やかな自分を見つけてしまったのだ。桃佳といることで、『自分』というものをどんどん取り戻していくような感覚は、本当に心地よくもあり苦しいものだった。
けれどそれを認めるのが怖くて、子供じみたゲームにずっと縋っていた。そうしていれば、桃佳と一緒にいる理由が得られるから。けれど、最近ではそんな思いさえも薄らいできてしまっていたのだ。ゲームのことなど、駿のことなど、もうどうでもいいとさえ思うほどに……

「なあ、多希。もうやめよう。お前だってわかってるんだろ? こんなことしたって、結局は駿やモモちゃんだけじゃなく、お前だって苦しむんだ。こんなゲーム、もう終りにしろよ」
黙ったまま話を聞いている多希に、拓巳はさらに続ける。
「モモちゃんは無関係の人間だろ? 多希だって、モモちゃんのことは苦しめたくないだろ? それに彼女だって、ゲームが終わることを望んでいるよ」
「モモが……? モモがそう言ったのか?」
「ああ」
多希の表情に苦しげな色が浮かぶ。桃佳が終わることを望んでいないと、そんなことを考えていたわけではない。それでもこうして第三者を介してでも桃佳の本心を聞かされることは、多希の心をひどく苛んだ。
「俺、多希が本当にモモちゃんのことを好きなんだと思っていたよ。お前、モモちゃんと一緒にいるようになって変わったし。だけど、このままゲームを続けたって何の意味もないだろう? もう、十分だろ」
「……るよ」
「え?」
「意味なら……あるよ。俺がそうしたいんだ。俺がモモと一緒にいたいんだ……」
悲しげに微笑みながら呟く多希の顔を、拓巳は驚いたように見つめる。
「バカだと思うだろ? ゲームだって言って始めた関係だったのに、今は本当はもうゲームなんてどうでもいいんだ。ただ、あいつのそばにいられればそれでいいんだ……」
「まさか、多希」
「そうだよ。今は本当にモモが欲しいんだ。ゲームなんてどうでもいい。でも俺とモモの関係はゲームという名目がないと続けられないだろ?」

目の前の親友の顔を見るのが拓巳には辛かった。
どうしようもなく不器用な多希。
ゲームを始めた事をすでに後悔している。けれど、それを終わらせることもできない。ただ、ふたりでいることを望むばかりに。
お互いが、本当は惹かれあってていることも知らずに……
桃佳の気持ちを伝えるべきだろうか? けれど、そうしたら、駿とのこれからを選択した桃佳の気持ちはどうなるのだろう? ふたりの気持ちが通じ合ったところで、ここまで色々なものを背負いこんでしまったふたりに、これからなどあるのだろうか……

「だから拓巳、お願いだからそっとしておいてくれないか」
「え?」
「このゲームは……期間限定なんだ。たった四カ月」
言いながらちらりと店の壁に掛けられたカレンダーを見る。このゲームが始まったのが六月の初め。まだゲームを始めてから一カ月半ほどしか経ってはいない。それなのに、もうずいぶんと長い時間桃佳と一緒にいたような気が多希にはしていた。こんなにも短い期間で、こんなにも桃佳という存在は深く刻みつけられているのだということを改めて自覚する。
そして、終わりになどしたくないと強く願っている自分自身にも。
「たった四ヶ月間なんだ。その期間が終われば、俺はもう桃佳の決断に従うしかない。けど、今だけはそっとしておいて貰えないか?」
多希の縋るような目に、さっき桃佳の部屋で下した決断は早くも揺らぎ始める。
今まで多希がこれほどまでに何かを欲したことがあっただろうか?
答えがNOだということは、付き合いの長い拓巳ならば分かっていること。だとしたら、桃佳という存在は多希が初めて心から欲しがったものになる。
そんな存在が現れることを一番望んでいたのは、拓巳自身だった。

もう、拓巳にはどうしていいのかわからなかった。
多希に惹かれながらも、駿との未来を選んだ桃佳。
ただ桃佳のことを求めている多希。
確かにふたりの気持ちはつながっている。けれどそれをどうしていいのかわからない。
ここで桃佳が多希に惹かれているという事実を告げたところで、ふたりが一緒にいるという未来を選択をするだろうか? きっと桃佳には多希を選ぶことができない。そんな気がしていた。
それさえも拓巳の想像でしかなく、本当のことなど第三者でしかない彼には分りようもないのだ。

「でも、モモちゃんは、終わらせることを望んでる」
もう一度拓巳はその事実を多希に告げる。予想通りの悲しげな表情に出会い、拓巳は自分が酷い人間に思えてしまうほどだ。
「俺に頼んだんだ。終わらせてほしいって……モモちゃんはきっと自分じゃ終わらせられないってこと、分かってるんだ」
もう何本目かになるの分からない煙草に火をつけ、多希は煙を大きく吸い込んで吐き出す。
「じゃあ……終わらせなくてもいいだろ? モモが自分から終わらせることができないなら、あともう少しこのままでいたって……それくらいいいだろ?」
「それは……」
「あと二カ月ちょっとしたら、終わるんだ。……間違いなく。だから、拓巳。そっとしておいてくれ」
頼む、と多希が頭を下げる。
こんなにも消えてしまいそうなほど弱々しい彼の姿を、拓巳は見たことがない。
いつだって上手に立振る舞っていた多希の姿は、そこにはなかった。

「本当に、ちゃんとケリをつけられるのか?」
その言葉を口にするのは、桃佳に「終わらせる」と約束した時よりも大きな決心を要した。多希の言い分を聞くということは、桃佳の必死の決断を裏切ることにもなるのだから。
何も分からないくせに正義感ぶって、安請け合いをしてしまった自分を今更ながら拓巳は後悔していた。もうこれは、他人がどうこう言える問題ではない。本人たちが納得しない限り、何も解決はしないだろう。
「お前、駿のこと騙しているってこと、分かってるんだよな? どれだけ酷いことをしているのかも、分かってるんだよな? 駿が全て知ったら、二度とお前のことを許さないかもしれない。いや、許せるはずもないと俺は思うよ。そういう覚悟、できてんのか?」
多希を苦しめるとわかっていても、責めるような言葉を拓巳は口にする。今多希が感じている苦しみよりも、全てを知ってしまった時の駿の方が、更に苦しいに決まっている。そのことを多希に忘れてほしくはなかった。どれだけ桃佳への思いを並べたところで、多希が仕掛けたゲームが卑劣なことには変わりないのだから。
「覚悟……か。分かってるよ。ゲームが終わった時、駿に憎まれる覚悟も、モモに憎まれる覚悟ももう、できてる。それでも……構わないよ」
悲しそうに目を細め、口元だけ微笑んでいるその表情に、拓巳は嘘のにおいを見つけることは出来ない。
「今度は俺の番だ。憎まれても文句は言えない」
「多希……」
「けど、それでもこのまま終わりにしたくはないんだ。もう少しだけ、モモのそばにいたいんだ。誰かのそばにいたい、そんなこと自分が思うようになるなんて」
大きな手で顔を覆い隠すようにして多希は俯く。

「どんな結末になっても、それでもお前は納得できるんだよな?」
じっと眉をひそめたままで見つめてくる拓巳に、多希は目を上げて小さく微笑む。
「ああ、このままじゃ、何も終わらせられない……」
消えてしまいそうなその微笑みに、拓巳は胸が痛んだ。
「分かったよ」
そう言うと再び手を挙げて店員に声をかける。
「すいません、生ふたつと、枝豆とイカ焼きと焼き鳥とそれから……あとお勧めのつまみ、適当に持ってきてもらえます?」
一気に注文し、ひとつ息をつくとそれまでの沈んだ空気を消すように、拓巳は多希にニヤッと笑ってみせる。
「せっかくだから、いろいろ食べようぜ。俺、腹減ってんだ。ほら、次のビール来るから、残ってるの飲んじゃえよ」
「あ、ああ」
ぬるくなったビールに口をつける多希を見つめながら、拓巳は少しだけ微笑む。
「あのさ、俺が見届けてやるよ。最後まで。
でも忘れるな。お前のしてることは正しくはない。それでも……俺が見届けてやる」

ありがとう。
だなんて言葉は、心からそう思うとなかなか照れくさくて言えなくなってしまうものだと多希は思った。
拓巳がいてくれてよかったと、ぬるいビールに顔をしかめながらも心の底から思うのだった。

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