りんどう庵

沢上澪羽のオリジナル小説を公開しています。年齢制限表示(R18)表示のあるものは、年齢制限を守ってお読みください。

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番外編小説公開中です。

日々のこと


こんばんは、沢上です。

寒い日が続いております。
沢上の生息地周辺では、当たり前のように毎日雪が降っています。
道路もつるつるです。

……嫌な季節到来です(-_-;)

今年は事故らないぞ!!←なんの決心……



本題です。

先ほどエタ二ティサイトに特別番外編小説が公開されました。
『泣かせてあげるっ』も番外編を書かせていただきました。

タイトルは

『君が思ってるよりずっと』

葵視点のお話になっています。
もしも興味を持っていただけたら、ちらりと覗いてみてください。
簡単なアンケートに答えるだけで読むことができます。

どうぞよろしくお願いします。


『泣かせてあげるっ』発売になりました。

日々のこと


こんにちは、沢上です。

『泣かせてあげるっ』ですが、発売になったようです。

先日16日に出荷予定と書いていましたが、昨日一日はずっと予約品扱いのまま……
あれ? どうした?
と、何度となくネット上で取り扱ってくださっているサイトを回っておりました。
本日も予約品扱いのままで、どうなっているんだ??と思っていましたが、先ほどどうやら出荷になったようです。

とりあえずホッとしました。

この半年近く、ずっとかかりきりだった『泣かせてあげるっ』が無事に世に出てくれて。

あとは、少しでも読んでくださった方が「面白かった」と思っていただけたらこの上ない喜びです。

そして、発売にもなったので、表紙イラストをこちらにも……

泣かせてあげる

こちら、帯付きバージョンとなります。
セブネットなどでアップされているものは、帯なしバージョンですね^^


しかしまあ……今更ですが、自分のネーミングセンスのなさにはびっくりしています。
こちら、主人公が朱里と葵という二人になるのですが……両方とも男女どっちでも通用する名前ですね(^_^;)
朱里:シュリ(♀)
葵:アオイ(♂)
なんですが、どちらかだけでも男女どっちでも通用しない名前にすればよかったなと、今更ながら反省しております。
実は、朱里は最初、朱里と書いてアカリと読ませていました。
ですが……
『だから、抱きしめて』のヒロインの名前が「ミオリ」。
「アカリ」と「ミオリ」なんだか印象が似ている……
舞台も病院だし、ここは変化を付けたいということで、アカリ→シュリとなったわけです。

いえ、気にしすぎなのかもしれませんが、気になってしまうと放置もできなくて。
散々考えた結果、主人公の二人とも、男女どっちでも通用する名前になってしまったわけです。
なんだかややこしくて申し訳ありません。

とにもかくにも、もしも見かけましたら、手にとって表紙だけでもじっくり見てくださいませ。
素敵に仕上げていただけて、絵師様には心から感謝しております。


*****


さて、余談です。

先日はボジョレーヌーボーの解禁日でしたね。
皆様は飲まれたでしょうか?
沢上は毎年予約して購入しています。
予約しなくても購入できることは分かっているのですが、イベントに乗っかるの大好きなんです^^
本当はワインの味なんてちっとも分かりません。
ただ、イベントに乗っかりつつ、アルコール飲めるのが嬉しいという……

いや、イベントに乗っからなくても、毎晩飲んだくれているんですけどね(^_^;)


近頃寒くなってきましたね。
北海道は初雪が降りましたよ。
先日は道路が凍ってはらはらしました。
季節の変わり目は体調も崩しやすくなっています。
どうぞ健康管理には気を付けてくださいませ。
インフルエンザも出だしたようです。
どうぞお気を付けて、この寒い時期を乗り切ってくださいね。




『泣かせてあげるっ』について。

日々のこと


こんにちは、沢上です。

『泣かせてあげるっ』について、出荷日などが決まりましたのでお知らせいたします。

出荷日:11月16日(金)

となります。
なお、地域によっては店頭に並ぶのが2~3日後になることもありますので、ご注意ください。

エタ二ティブックスオフィシャルサイトなどでも公表されていますが、今回のイラストは、『モトカレ!!2』でもイラストを描いてくださった、黒枝シア様となっています。
画像を載せられないのが残念!!
とても素敵に仕上げていただきました。

もしも店頭で見かけることがありましたら、お手に取っていただけるとありがたいです。


*****


『泣かせてあげるっ』ですが、実はこれ、以前『小説家になろう』の企画、『職業小説企画』用として考えていたものなのです。
ただ、その企画には間に合わなかったので別の小説を投稿しましたが(^_^;)
もちろん、『職業小説企画』に出そうと思ってた時は、全年齢向きでしたので、内容もちょっと違いました。
ただ、小説の本筋は同じです。
ずっと自分の中にあったぼんやりしたストーリーを、今回やっと書くことが出来ました。
少しでも多くの方に楽しんでいただけたらいいな、と思っています。

今はエタ二ティサイト用の、番外編を執筆しています。
こちらの方が落ち着きましたら、またちょこちょこと違うものとか書きたいな、と思っています。
……というか、その前に『だから、抱きしめて』どうにかしないと……(@_@;)

どうぞ今後とも沢上をよろしくお願いします。

お久しぶりです。そしてお知らせ。

日々のこと


お久しぶりです。
新連載を始めたにもかかわらず、長い間更新がストップしてしまい、万が一待ってくださっている方がいらっしゃいましたら、大変申し訳ありませんでした。

今後、色々と落ち着いたら、改稿しつつ続きをこっそりと更新しようと思っております。

その際は、お知らせさせていただきますので、お暇な方は覗きに来ていただけたら……と思います。


さて、『お知らせ』です。
この度、エタ二ティレーベルより、新刊を出させていただくことになりました!!

タイトルは『泣かせてあげるっ』です。

そして内容は……

ある朝目覚めたら、男と裸で二人きりというドラマのような状況にあった萩原朱里。 よくよく見れば、相手は職場の後輩、瀬田葵。同じ病院で看護師をしている二人は 、指導係と新人というお堅い関係。なのにこのシチュエーションは非常にマズい! 焦る朱里に、葵は天使の笑顔でこう言った。 「責任とって僕のものになってくださいね♪」――突然、貞操も社会的立場も大ピンチ!? ケダモノな年下男子に攻略される、ちょっとキケンな下克上ラブストーリー!

……となっております。

発売は11月中旬となっています。

またなにか詳しい情報をお知らせできるようになったら、こちらでお知らせさせていただこうと思います。



さて、以下お暇な方だけどうぞ。


ブログを更新できなかったこの数カ月、なにをしていたかと言いますと、一番大きなことは『泣かせてあげるっ』の執筆でした。
ただ、それだけでなく、今年の夏は本当に忙しかったです。
土日・祝日返上で仕事してました(^_^;)
そしてそして、大学卒業後、○○年ぶりに学校と名の付くところに通っていました。

その名を『自動車学校』。

いや、免許は持っていたのですが、『AT限定』ってやつで。
ずーーーーっと、「AT限定解除してこい」と言われていたのですが、ずーーーーーっと無視していたのです。
そうしたら……強制連行されました。
さっさと日程を決められ、申込されてしまいました。
鬼!!
人でなし!!
と、叫びましたが(さすがに自動車学校では叫んでません)、却下。
泣く泣く通っていました。

MTって……面倒ですね。

あれが好きな人もいるのでしょうが、沢上は極力簡単な方が好きです。
何度エンストしたか知れませんが、なんとか限定解除成功しました!!

……でもね、もう忘れました(-_-;)

だって普段運転するのはAT車だもの。



GW最終日です。

日々のこと


本日でGW最終日ですね。
GWではありましたが、沢上は元々国民の休日とは無関係の仕事をしておりますので、全く有難味ありませんでした(^_^;)
ニュースなんかで、

「これからヨーロッパに行ってきまーす」

とかいうインタビュー見てしまうと、羨ましくて羨ましくて……><

更には、沢上の家族が感染症に罹患してしまいまして、出かけるとかの問題でもなく。
結局、GWは病院に通ってましたね。

何だか悲しいGWでしたが、最終日、家族の体調もなんとか持ち直し、ちょこっと出かけてきました。

120506_122850.jpg

沢上の生息する北の大地では、今、桜もチューリップもつつじも見頃です。
まさに春真っ盛り!!
こちらの画像ですが、ひろーい庭園、一面に色とりどりのチューリップが咲いておりました。
まだまだ早咲のものだけだったのですが、満開になった頃、もう一度行きたいなあ。

やっと、GWらしい過ごし方ができました^^

家族ももう大丈夫なので、頑張って『だから~』の続き書きます。

明日からまた平日。
皆様、頑張ってください。
(お前もな、という突っ込みが聞こえてきそうです(^_^;))

売り言葉に買い言葉 4

だから、抱きしめて


 店からさほど遠くない槙村のマンションに連れ込まれ、玄関の扉が閉まった瞬間、美織は彼にお姫様だっこをされてほいほいと運ばれてしまった。
 運ばれた先は彼の寝室。
 ぎょっとする暇もなく、美織はダブルベッドにぽいと放り投げられ、あっという間に押し倒されていた。

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってくださいっ」
「何で? こうなること分かっててついてきたんだろ?」
「う……っ」

 それはそうだ。
 確かにこうなるかなあ、とは思ってはいた。
 でも逃げ出すのも格好悪くて、とりあえずついてきたのだ。それに……もしも槙村の言う「俺と一晩過ごす」が、もしかして、万が一、夜を徹して飲み明かそうだったなら……
 何かされると身構えていた美織は、ただの思い上がりの強い女になってしまう。
 だから素直に腕を引かれるまま、ついてきてしまった。
 ぐいぐい腕を引っ張られるようにして、連れてこられた先は槙村の自宅マンション。職員住宅でなかったことだけが唯一の救いだ。
 いや、そうじゃなくて、ここまでついてきてしまったのがそもそもやっぱり間違いで。
 さっさと「実は男慣れしていません。男性経験も恋愛経験も殆どないんです。だから勘弁してください」と真実を告白してしまえば、槙村の寝室でいきなり押し倒されるような目には遭わなかったのかもしれない。
 ……いやいやいや、いつもの意地悪な槙村を思えば、かえって面白がって美織を抱きたがったかもしれない。
 ということは、多分、今更これまでの自分の発言を撤回したところで槙村を止められないだろう。更に本当の事を言うのも、こんな状況に陥っているというのに癪だ。
 でも。

「でっ、でもこんなのまずいですっ!! やっぱりまずいですってば!!」
「なにが?」
 槙村は美織の首筋にかじりついていた顔を上げ、口元ににやりと笑みを浮かべて真っ直ぐに見詰めてくる。
「そ、その……他の看護師にばれたら、私、袋叩きにされます」
「内緒にしたらいい」
「そっ、それに、先生だって彼女の一人や二人いるんでしょう!?」
「うーん、今はいない。この間までは三人いたけどね」
「……」

 三人いたとかさらっと告げられ、美織は眩暈を覚えた。

「で? もう言い訳は見つからない?」
「!?」
「もうダメだよ。ここまで来て逃げ出そうだなんて、そんな都合のいい話があるはずないだろ? 何を言っても、どんなに抵抗しても、やめる気ないから」
「な、な、な……こっ、この鬼畜!! どうして私なの!? 先生なら、他にほいほいついてくる女がたくさんいるでしょ!?」
「何とでも。確かに誘えばついてくる女はいるかもしれないけど、それってあんまり面白くないだろ? 俺は……お前の……いや、なんでもない」
「面白い、面白くないで人を襲うなあ!!」

 手足をばたつかせているつもりなのだけれど、両腕はしっかり手首を掴まれて縫いつけられているし、両足はがっちりと槙村の足で押さえつけられているので、殆ど身動きできていない。

「私は面白くないから、襲わなくていい!!」
「言いたいことはそれだけ?」
「ん……!! んんっ」

 悪あがきの言葉は、槙村の唇に塞がれた。
 唇を強く押し当てられ、柔らかく槙村の舌が美織の口内に差し込まれる。くまなく探るように動き回り、執拗なまでに美織の舌を追いかけ、絡められ、吸われる。
 まるでじっくり味わい、食べられているかのようなキスに、美織は息が上がってしまった。
 思えば、すごく久しぶりのキス。
 でも、そんなふうに浮かんだ思考も、既に呼吸さえ許さないようなキスで欠乏していく酸素のように、どんどん消耗される。
 やっと唇が解放された時には、呼吸をするのに精いっぱいで、憎まれ口を叩く気力もなかった。

「ん、……はあっ」
「俺と一晩過ごすの、別に平気なんだろ? それともやっぱり怖いからやめてって、俺に頼んでみる?」

 にやりと笑って見せる槙村の瞳の中に、意地悪な光を見つけて、薄れていた気力はむくむくと蘇った。そしていつもように意地を張る美織に戻る。
 絶対に頼んだりしない。
 バカにされてたまるもんですか!!
 なんて。
 だから、つい、つい挑発に乗ってしまった。

「……バカにしないで」
「て、ことは平気だって解釈してもいいんだね?」
「べ、別に平気です」
「ふーん……そっか。じゃあ、遠慮なくいただきます」

 そろりと美織の頬を撫でていた槙村は、にっこり微笑むと美織に覆いかぶさってきた。
 額に、頬に、唇に、雨のようにキスが降ってくる。徐々に唇は美織の唇から頬へ。頬から首筋へと移動し、耳たぶを咥え込まれた。
 耳たぶを咥え、その輪郭を舌先でゆっくりなぞられ、思わず細く高い声が口から洩れる。

「……ひ、あっ」
「耳……感じるの?」
「ちが……っ、あっ、やあぁ」

 ぴちゃぴちゃとわざと音を立てるように耳を舐られ、その感覚に美織の背中は意図せず弓なりに反ってしまう。
 そんなつもりじゃないのに、勝手に体がぴくぴくと跳ね上がる。呼吸が苦しい。
 耳が弱いなんて、美織は自分でも知らなかった。
 再び熱っぽい口づけが落ちてきて、槙村はキスをしながら慣れた手つきで美織のブラウスのボタンを外していく。
 少しずつ露わになる胸元に槙村の唇が触れる。それだけで、皮膚がびりっと感電するようだ。

「……っ!!」

 声を出さないように、必死に奥歯を噛みしめ、美織はきつく目を閉じた。
 キスだけじゃない。もう何年もこうして誰かと肌を触れ合わせることもなかった。どんなふうに反応していいのかも分からないし、だからと言って槙村相手に素直に声を出すのも恥ずかしい。
 だから、必死に漏れ出しそうな声を耐えた。

 ブラウスのボタンが全て外され、前を開かれる。
 見られていると思うと、いたたまれない。

「……色、白いんだね。きっと綺麗に痕が付くんだろうな」
「え? きゃ」

 胸元に、痛いくらいにきつく吸いつかれる。数秒そうして、槙村は満足げに顔を上げた。

「ほら、綺麗に痕が付いた。……何だか所有印みたいだね」
「所有物になんて、なる気、ないですけど。それに、数日もしたら消えます」
「じゃあ、消えないように毎日つけるっていうのはどう?」
「遠慮します」
「あはは、つれないね」

 槙村の指先はくるくると美織の髪を巻きつけて弄ぶと、首筋から胸の谷間にすっと降りてくる。

「だったら、そうして欲しいって、川崎が自分からお願いしたくなるようにするってのはどうだろう?」
「え?」

 想像もしなかった自信満々なセリフに、美織は眉をしかめた。

「どういう意味?」
「体に教え込んであげるってことだよ」

 にっこり。
 爽やかな、けれど企みを隠すこともないような笑顔で槙村は微笑んだ。
 疑問への恥ずかしすぎる返答に、美織が金魚のように口をパクパクさせている隙に、槙村はブラジャーのワイヤー部分に指先を掛けて引き上げると、彼女の胸を露わにした。
 美織が身動きするよりも早く、柔らかな胸の頂に吸いつく。

「……夜はまだ長いからね」

 どうしてこんなことになっちゃったんだろう……
 往生際悪く、美織は泣きたい気持ちでそんな事を考えていた。




売り言葉に買い言葉 3

だから、抱きしめて


「結構です。帰ります」

 こんなところで二人きりで飲んだって楽しいはずがない。だから、さっさと帰ろうと思ったのに。

「……っ!!」
「あーあ。ふらふらして。大丈夫?」

 足に力が入らない。飲み過ぎだ。
 しかも無理に動こうとすれば、容赦ない眩暈が襲ってくる。無理をすれば、槙村の前で嘔吐……なんていう最悪の展開さえ安易に想像できた。
 それだけは絶対に避けたい。
 そんないじめがいのあるネタを、自ら提供するようなMっ気は美織にはないから。
 仕方がなく、椅子に体を預ける。少し酔いが醒めたらさっさと帰ることにして。
 けれど。

「動けるようになったらさっさと帰ろうだなんて、そんな薄情な事考えているわけじゃないよね? 逃げられないように俺の膝にでも座らせておこうか」
「!! けっ、結構です!!」

 大慌てで隣に座る槙村からじりじりと距離を取る。
 まさか人目のあるところでそんな真似をするとは考えられなかったものの、いつだって自信満々な槙村の事。何をしでかすか、美織には到底想像もできない。
 ここは警戒するに限る。

「ま、そういうことだから、少し付き合えよ」
「……」

 そういうことがどういうことかはよく分からなかったものの、美織としてはおとなしく付き合うことが一番無難な気がして、こくりと頷いた。
 槙村は美織が頷くと満足そうに笑って、最初から用意していたらしいウーロン茶を美織に差し出す。

「ほら、ウーロン茶。これでも飲んで少し酔いを醒ましたら?」
「……あ、ありがとうございます」

 警戒しつつもそれを口にする。すうっと冷たいお茶が喉を通過して、少しだけすっきりする気がした。ちらりと隣の槙村を見上げると、彼はビールを飲んでいる。
 槙村から視線を外す。話すこともないので、美織はちびちびと舐めるようにウーロン茶を口にした。
 酷く居心地が悪い。
 何を話したらいいのかも分からない。
 別に無理に何かを話さなくてもいいのかもしれないけれど、美織にとってはこの沈黙が恐ろしく重たい。
 ――――お高くとまっている。
 綺麗なだけで中身のない女。つまらない女――――
 そんなふうに言われでもしたら、それが例え苦手な槙村の言葉だとしても、美織はきっと傷つく。

「あのさあ……」

 不満げな声が頭上から降ってきて、美織は肩をびくつかせて声の主を見上げる。
 槙村は、声同様の不満げな表情を美織に向けていた。

「そんなに俺の事、嫌い?」
「は?」
「だから、そんなに嫌われてんの? 俺」

 両手でウーロン茶の入ったグラスをしっかりと握りしめ、美織は考えた。
 嫌いか?
 いや、嫌うほどは槙村の事を知らない。だからきっと嫌いではないのだ。そんな結論にたどり着く。
 でも。

「嫌いではないです。苦手なだけで」
「ははっ、随分とはっきり言うね」
「こんなことを嘘ついたって仕方ないじゃないですか。苦手なんですもん」

 美織は口をへの字に曲げて槙村をじろりと睨みつける。
 苦手だとはっきり告げたのに、当の槙村は少しも気にしたふうもない。
 それどころか、満足そうに見えるのだから、美織としてはわけが分からない。

「そうか。嫌われているわけではないんだな。一応これでも、嫌われるのは辛い」
「べっ、別に私一人に嫌われたって、そんなのどうでもいいことじゃないですか。他にたくさん、先生の事好きな看護婦がいるんですからっ」

 ついそんな事を口走ってしまう。そして、口にしてから後悔した。
 この自信満々な槙村のこと。またしても嫉妬だなんて誤解されたらたまったものではない。
「嫉妬してるの?」なんて言われた時に全力で否定するために、美織は内心で身構えた。けれど、槙村はけろりとして美織の想像もつかない反応を示す。

「うん、まあね」

 ……うん、まあね?
 槙村の口から出た言葉を、美織は脳内で反芻する。
 それが「他にたくさん、先生の事好きな看護師がいるんですから」という、自らの言葉に対する返答だと気が付いて、美織は軽いめまいを覚えた。
 どうしてこうも自信過剰なんだろう。
 ここはやっぱり、「そんなことない」と謙遜すべきではないだろうか。「そんなことない」だなんて、たとえこれっぽっちも思っていないとしても……だ。

「まぁた、君はどうしていっつもそんな面白くなさそうな顔をしてるんだろうね」
「はあ?」

 面白くなさそうじゃなくて、面白くないんです。
 言いかけて、美織はその言葉を飲みこんだ。槙村には何を言ったところで、伝わる気がしなくて。
 言葉の代わりに、大きなため息とともに消え入りそうな返事を返す。

「……別に」
「だから、君はもてないって言われるの分かってる?」
「!!」

 かっと頭に血が上る。
 気が付いたら立ち上がっていた。

「先生に何が分かるっていうんですか!!」

 言った直後に腕を引かれる。まだ酔いが回り力の入らない足は、簡単に崩れ、槙村の体に抱きとめられるような格好になった。
 目の前に、槙村の黒のシャツ。仄かな煙草の香り。パニックに陥る。

「はっ、は、離し!! ……むぐ」
「静かに。こんなところで騒がないでくれるかな。好奇の目で見られるよ」

 ぎゅっと頭を抱きかかえられ、意外と筋肉質な胸に押しつけられる。
 数年振りに男性とこんなに接近した美織のパニックは半端ではない。押しのけることも身を引くこともできず、ただ、されるがままに槙村の胸に抱かれた格好となっていた。
 心臓が激しく鼓動して、口から飛びしそうだ。

「ねえ」

 ひそりと槙村が美織の耳元で囁く。密着してるせいで、声がダイレクトに美織自身を揺らした。

「もしかして、川崎って男慣れしてないでしょう?」
「!!」

 言い当てられ、かっと頬が熱くなり、そこでやっと体が動いた。両手を突っぱねて槙村を押しのける。
 見上げれば、意地悪な瞳が美織を射抜いた。

「ど、どうしてそんなこと言うんです?」
「ほら、だって、脈がすごーく早いよ?」

 槙村は医者らしく、美織の手首に指を当てて脈を測ってにやっと笑った。
 槙村に掴まれている手を大きく振り払って、美織は彼から距離を取った。確かに槙村の言うことは正しかったから。
 ――――美織は男慣れしていないし、脈だって自分でもよく分かるくらいに早い。
 さっきのように、男の人とあんなに接近したのは何年振りだろうか……? だから、別に何とも思っていないどころか、苦手な槙村に対してもドキドキしてしまった。
 でも、そんな事素直に言いたくはない。

「こ、これはっ、あれです。えと、お酒の飲み過ぎです。結構酔っているので、脈も早いんです」
「へえ」

 つん、とそっぽを向いても、槙村がにやにやしながらこっちを見ているような気がして、美織は落ち着かなかった。見透かされそうで怖い。
 ――――弱みなんて、見せてたまるか。絶対に弱みなんて見せないんだから!!
 そんな少しだけ乱暴な気持ちさえ湧いてくる。
 美織にだって分かってはいるのだ。自分が意固地になっていることくらい。それでもずっとそうやって意地を張ってきたのだから、今更どうにかすることもできない。
 見かけばかりで判断されて、中身のない女だと思われるくらいなら、美織はもう放っておいてほしいのに。

「川崎」

 目の前に槙村の顔があって、美織は数秒固まった。
 そっぽを向いていた美織は、顎を掴まれて強引に槙村と見つめ合う格好になっている。

「お前さ、全然笑わないのな。せっかく顔は綺麗なのにもったいない」

 むか。
 顔は綺麗なのにって、どういうことだ。

「そうやって、男を寄せ付けない作戦? それともやっぱり男慣れしてないの? 実はウブだとか? いや、それとも逆に男の気を引く作戦だったりして」

 目の前のにやにや顔が、その挑発するような口調が、ずっと堪えてきた美織の何かを決壊さる。
 ぶちっと自分の中で何かが切れる音を、美織ははっきりと聞いた気がした。
 自分の顎を掴んでいる槙村の手を、べチンと音がするくらいに乱暴に叩き落とす。

「作戦? まさか。何か誤解なさっているよですが、そんな計算高い女じゃありません。それに、ウ、ウブだとか男慣れしてないとか、そんなことも全然ありませんから!!」
「そうなの? 強がってるんじゃない? 本当は恋愛経験全然ないんじゃないの?」
「そんなことはないです!!」

 いえ、槙村先生。あなたのおっしゃる通りです。
 とは心の声。けれど、美織はそんな心の声を、全力で無視する。

「へえ……じゃあ、俺と一晩過ごすってのも、全然平気なわけだ」
「勿論、全然平気です!! ……え?」
「そうか。さすがだね。じゃあ俺の部屋にでも行こうか」
「え? ええ?」
「ん? 今更そんなの無理ですとか言わないよね? 全然平気なんだろ?」
「……」

 どうしてこんなことになったのやら。
 酔った勢いで売り言葉に買い言葉。
 美織は引き摺られるように、上機嫌で鼻歌を歌う槙村に連れられ、店を後にしたのだった。




売り言葉に買い言葉 2

だから、抱きしめて


「失礼にもほどがあるってもんでしょうがぁ」
「ちょ、美織、それくらいにしておいた方が……」
「ええい、うるさいっ。飲まずにやってられますかってーの」

 バーのボックス席の一角で、同僚看護師の狭山園子(さやまそのこ)の制止を振り切り、美織は目の前のビールをぐびぐびとあおった。
 今日は病棟の親睦会、という名の飲み会。
 明日が休みということもあり、美織の飲むスピードは相当早い。いや、それだけではないのだけれど……
 ちらり、と視線を動かすと、美織を飲まずにいられなくしている張本人が、楽しそうに看護師たちに囲まれている。

「ちっ、もてもて先生がハーレム作ってやがる」
 吐き捨てるようにそう言いながら、更にビールをあおる美織を、園子は苦笑いしつつ見詰めた。
「まあねえ。槙村先生、見た目はいいからねえ。しかしまあ、美織も随分といじられて気の毒ね」
 ――――看護師の中には、美織ばっかりいじめられて、羨ましいって思っている子もいるみたいよ。
 という、園子の言葉は聞かないことにする。
 何が羨ましいだ。無視されていた方がよっぽどいいのに。
 しかも、だ。
「人の気にしてることばっかり言いやがって……」
「あはは」
 ぼそっとつぶやいた言葉に、園子はやはり苦笑いした。
「もてなくて悪かったわねーだ」
 口を尖らせれば、園子が同情の籠ったため息を漏らす。
「そうひねくれないの。美織、見た目は完全にもて系なのにねー」
 今度は園子の言葉に、ぶうっと頬を膨らませた。

 槙村の事がこんなにも苦手だと思うのには、一応理由がある。
 そう、美織が初めて付き合った相手と、槙村はタイプがよく似ているのだ。
 整った顔をしていて、自信に満ち溢れていて、どこか……意地悪。
 初めて男の人と付き合ったのは、美織が高校生の頃だった。彼は友達のお兄さんで、その友達の家に遊びに行くたびに顔を合わせていた。
 格好のいい人だと思った。意地悪な口ぶりでさえ、魅力的に思えた。けれど、元々人見知りな美織からは到底声もかけることはできず、一方的に見ているだけだった。
 それだけでいいと思っていた……のに。
「付き合って欲しい」
 そう言われた時は天にも昇る気持ちで。すぐにOKした。でも、付き合ったからと言って、どうしていいのか、美織には分からなくて。
 緊張しすぎて上手く話すことも、上手く接することもできず、気が付いた時には彼からの連絡は途絶えていたのだった。
 それでもこのままではいけないと、勇気を振り絞って彼の大学まで会いに行ったのに。
「お前さあ、一緒にいてもつまらないんだよね。美人だからってお高くとまってるんじゃないの?」
 面倒くさそうな顔。
 吐き捨てるような言葉。
 彼からぶつけられた言葉も、態度も、美織を酷く傷つけたのだ。自分を閉ざしてしまうくらいに。
 だからタイプのよく似た槙村を見ていると、そんな昔の古傷が痛む気がする。
 胸の真ん中が、ぎゅうっと締め付けられるのだ。

「……ぐす」
「ああああっ、美織」

 酔いが回ったせいか、ちょっぴり泣きたくなってくる。
 でも妙に楽しそうな槙村の笑い声が聞こえてきて、泣きたい気持ちなど、途端に吹き飛ぶ。
 人がこんなにもいやーな気持ちになっているというのに、お気楽にハーレムを作って呑気に笑っている槙村が憎たらしいほどに腹立たしい。

「園ちゃん、おかわり」
「み、美織ぃ」
「おかわりっ」
「はいはい」

 まだ半分ほど残っていたビールを一気に流し込み、園子におかわりをねだる。
 園子は同期入社で、気心も知れている。だから、悪いと思いつつも、ついつい甘えてしまうのだ。
 呆れたように、けれど付き合うと決めたのか、園子が空いたグラスを持ってカウンターに向かう。その背中を見つめながら、美織は大きく息をついた。
 自分でも分かるくらいに、吐き出す息が熱い。飲み過ぎかもしれない。
 天井を見上げると、ぐるぐると回るような気がして、美織は慌てて膝の上で組んだ指先に視線を落とす。
 経験上、視界が回り始めたときに上を向いていては危険だ。ぐるぐるが悪化すれば、あっという間にトイレと仲良しになる確率が高い。
 目をつぶると更に地面が回るような感覚に陥る。けれど目を開けているのも何だか辛くなってきて、ゆっくりとした瞬きを続ける。
 かくん、と落ちるような感覚にはっとする。ほんの少しだけ眠っていたのかもしれない。
 さっき、ビールを取りに行ってくれた園子はまだ帰ってきていない。
 遅いなあ、とカウンターの方に視線を動かそうとした時だった。

「一人で何、ぼけっとしてるの?」
「……えー?」

 どかりと美織の隣に腰掛け、長い脚を組んだのは……

「槙村先生」

 思わず顔が歪んでしまった。しらふなら我慢できたかもしれないが、酔いも回っていたので、露骨に顔に出てしまった。

「あはは。そんなに嫌そうな顔することないだろ?」
「……嫌なんですってば」
「は? 何? 何か言った?」

 ご都合性難聴か。
 都合の悪いことは聞こえませんか?
 とは、さすがに口にできなかった。
 いくら本気で嫌だと言っても、一応彼は医師で、自分は看護師。
 今後とも病棟でつつがなく仕事をするためには、余計な事を口走って、人間関係をこじらせたくはない。けれど、つい嫌味が口を突いて出る。

「いえ。別に。何も言ってませんよ。それより」
「ん?」
「さっきまでいらっしゃったハーレムにお戻りになられなくてもいいんですか?」
「ぶっ」

 美織の言葉がよほど面白かったのか、槙村は肩を揺らして笑っている。

「ハーレムって……どこの大富豪だよ」
「大富豪じゃないかもしれませんが、さっきまで作ってたじゃないですか、ハーレム」
「あー、もしかして嫉妬してた?」
「いいえ。全然。全く。一切ありません」

 全力否定。
 嫉妬とか、あほか。あり得ない。どこからそんな自信満々な思考が湧いてくるのか、ある意味で感心する。

「そんなに全力で否定することないだろう?」
「いえ。そこは全力で否定させてください」
「つれないね」
「そんなに簡単にはつれませんよ」
「あはは、君は本当に面白いね」
「それはありがとうございます」

 吐き捨てるように言って、わざと大きなため息をつく。
 槙村と長々話をしている気にはどうしてもなれなくて。
 一刻も早く園子が戻ってきてはくれないかと思って視線を巡らすと、園子どころか一緒に来ていた一同の面々が見当たらないことに気が付いて、美織は急に酔いが醒めた。

「あ、あの。他のみんなは?」
「ああ、二次会に行ったよ」
「はあ!?」

 まさか、と思ったものの、本当に誰もいない。
 いつもならとことん付き合ってくれる園子さえ、影も形もなかった。

「君、置いてかれたんだよ」
「そ、そんなわけ……だって、園子は」
「狭山さんなら、とっくに二次会に行っているはずだよ」
「そんな。私のこと置いて行くなんて。そ、それに、先生を囲んでた他の子たちだって、先生の事放っておくはず……」

 当然の疑問だった。
 園子はなんだかんだと言って、いつも最後まで美織に付き合ってくれる。それに槙村ハーレムのメンバーだって、いつも誰もが二次会に先生を連れていこうと必死なのだ。こんなところでまんまと槙村を取り逃がすなんてへま、するはずがない。
 そんな疑問に対して、槙村が丁寧に説明してくれる。

「他のみんなは、一度外に出てから外来に呼ばれたことにして撒いたんだよ。それから狭山さん。彼女っていい子だね。今日もつい余計な事を言い過ぎてしまったから、二人きりなって川崎さんに謝りたいって言ったら、喜んで協力してくれたよ。お陰でみんな狭山さんに誘導されてすぐに二次会へ行ってくれた」

 くくっと笑いながら、そんな事を話す槙村を、美織は呆然と眺めた。
 何がどうして、一番二人きりになりたくない相手と二人きりになってしまったのだろうか。
 何これ、罰ゲーム?
 いやがらせ?

「ねえ、一緒に飲もうよ」

 目の前でにっこりと笑う槙村の顔を見ながら、美織は帰る言い訳を必死に探していた。




新連載始めました。

日々のこと


こんにちは、沢上です。
いや、こんな時間ですから、こんばんは^^

生きてました。
しかしながら、生きてはいたのですが、すっかり体調を崩しておりました。
インフルエンザが完治したと思ったら、今度は胃腸炎。そして風邪。
その後、ずーーーーーっと、謎の微熱に苦しまされてきたのですが、なんとかかんとか復活です。

さてさて、タイトルにも上げましたが、新連載を始めてみました。
本当は開始するのはもう少し後の予定だったのですが、タイトルが決まった嬉しさで、勢い余って(?)投稿。
ストックを十数話作って、それから投稿しようと思っていたくせに、まだストック五話しかありません(^_^;)
なので、しばらくはストックためつつの不定期更新になるかと思います。

今回のお話は、あまり長くならない予定。
さくさくっとラストまでいけたら――――と、思っておりますが、どうなることやら。
書いているうちに、あれもこれもとエピソードを詰め込みたがるのが悪い癖です。

最近、敬語男子をずっと書いていたので、敬語じゃない男性をかくのは久しぶりです。
もしも日本語おかしかったらすみません。
「変だよー」
と、一言いただければありがたいです。
こうして考えてみると、男性には敬語を使わせておいた方が書くの楽ですね。

それでは、興味を持ってくださった方がいらっしゃいましたら、お付き合いしてくださると嬉しいです。


売り言葉に買い言葉 1

だから、抱きしめて


「君ってさあ、もてないだろ?」

 朝の病棟回診が終わり、点滴の指示を仰ごうとカルテを差し出したとき、突然そんな言葉を浴びせられ、川崎美織(かわさきみおり)は片方の眉毛をピクリと跳ねあげた。
 もてない、とはどういうことだろう。
 いや、言葉の意味は分かっている。けれど、そんな事、本人を目の前にして言うことだろうか。
 あまりにも遠慮の欠片も、配慮の欠片もない言葉。そして、美織にとってはぐさりと胸に刺さる言葉。言った本人は何も気にしてはいないだろうけれど、美織は少なくとも傷ついた。
 けれど取り乱すのは悔しいので、平然としたふうを装い、その失礼極まりない言葉を投げかけてきた張本人――――外科医の槙村蓮(まきむられん)に、にっこりと笑いかける。

「……先生。それよりも、点滴の指示、急ぎでお願いします」

 美織の多少引きつった笑顔に、槙村もにっこりと笑みを返した。
 一瞬、二人の間で見えない火花が散った気がしたのは、美織だけだろうか。

「だからさ、川崎。君、もてないだろ?」
「……」

 25年生きてきたけれど、こう何度も面と向かって「もてない」を連発されたのは初めてだ。 
 今、こめかみに血管が浮いた。
 絶対浮いた。
 そう自分の状態を冷静に分析しつつ、美織は必死で笑顔を顔に貼りつけ続ける。ここで大きな声でも上げてむきになろうものなら、何だかこのいけ好かない槙村に負けた気分になりそうで。しかも槙村は確か29歳だとか言っていた。一応目上の相手だ、さすがに大きな声を出すわけにもいかない。

「そういう先生は、さぞおもてになるんでしょうねー」
「まあね」

 さらりと答えられ、この男は謙遜という言葉も知らないのかと、顔をそむけてちっと小さく舌打ちした。
 けれど、確かにもてるに違いない。
 少しだけ吊った切れ長の目、丁度よい高さの鼻と薄い唇。美織には非常に意地悪な顔つきに見えるのだけれど、同僚の看護師たちは彼の事を「格好いい」と絶賛している。
 ――――まあ、百歩譲って、整っている、と言ってやってもいい。
 それが余計に癪に障る。
 そんな事を考えつつ、いつまでも彼と全く生産性のない会話をする気もない美織は、目の前にカルテをどかっと置いた。

「それは羨ましい限りですねー。では、これ全部点滴の指示ですのでお願いしまぁす。薬局での調剤締め切りの時間が迫っておりますので、お早めにお願いしますねぇ」

 無理に『なんでもありません』を装った話し方を意識したせいで、かえってわざとらしい話し方になってしまった。
 槙村にもそれが伝わったに違いないと思いつつ、嫌味な奴だと判断されて、こいつにちょっかいを出されずに済むならその方がいいとさえ思う。
 なのに。
「きゃ」
 ぐいっと腕を引かれ、槙村の隣の席に強制的に座らされてしまった。
「なんだ。可愛い声も出せるんじゃん」
「は、離してください」
「はいはい。セクハラだーとか言われたら敵わないからね。それより、ちょっと教えてほしい事があったんだ」
 口の端っこを小さく持ち上げて笑う槙村から、美織は咄嗟に目をそらした。
「な、なんですか?」
「この内服薬の指示って、こっちの処方箋に書いておいたらいいの?」
「いえ、そっちじゃなくて、こっちの処方箋です」
「お、そっか。分かった分かった。サンキュ」

 槙村は美織に向かって片手を上げると、処方箋に指示を書き始める。もうすっかり美織からは興味がなくなってしまったようだ。
 カルテや処方箋に指示を書きこむ槙村は、確かに格好いいのかもしれない。そろりと槙村の隣の席から離れつつ、美織はこっそりそう思った。
 槙村はこの春から美織の勤める病院に、大学病院から配属されてきた。
 同僚の看護師たちは、彼が配属されてきた時に「素敵だ」とか「イケメンだ」とか相当色めき立っていたが、美織にはいまいちピンとこなかった。
 むしろ、鋭くてちょっと意地悪そうな槙村の目が、苦手だとは思った。
 そんな美織の気持ちが伝わってしまっているのか、こうして槙村は、ちょくちょく美織にちょっかいをかけてくる。正直、いい迷惑だ。放っておいてもらいたいのに。

「川崎」

 突然声をかけられて、美織ははっきりと分かるほどに肩をびくりと揺らす。
 慌てて振り返ると、ごちんと額に何かがぶつかった。それは数冊のカルテだ。

「ぼーっとしてる暇、ないんだろ? なんちゃらの締め切り時間だとか言ってなかったっけ? ほら、指示全部出しておいたから」
「は、はい」

 身長の高い槙村から差し出された(正確には額を直撃した)カルテを、抱きとめるようにして受け取る。
 カルテの隙間から槙村を伺い見ると、目を細めて人懐こい笑顔を浮かべている。
 美織は、そんな彼の表情から逃れるようにして、慌てて視線を逸らせた。そして、彼から逃げるように離れると、受け取ったカルテをデスクの上に並べる。
 ひっそりとため息をつく。
 ――――やっぱり苦手だ。
 心の中で、そう弱々しく呟いた。
 自分がもてることを知っている、自信に溢れた笑顔。
 そんな槙村が、美織はどうしても苦手だった。
 まるで、「お前もきっと俺のことを好きになる」。そんなふうに言外に言われているような気さえするから。
 分かっている。それが多分、美織の被害妄想だってことくらい。
 美織は、他の人間に言わせれば「美人」らしい。
 けれどもともと人見知りな美織は、どちらかというと愛想がない。そのせいで「お高くとまっている」と罵られたこともあるし、それが嫌でやたらにこにこしていたら、今度は好きでもない男に言い寄られた揚句、ストーカー被害にまで遭った。
 そういうことがある度に傷つくのも嫌で、美織は自ら男性に近づくことを辞めたのだ。それが寂しいとも思わないし、むしろ楽。しかも看護師という資格を持ってさえいれば、彼氏なんていなくても将来に不安はない。
 仕事一筋に生活し、むしろ男性を避けるような美織は、槙村の言うとおり実際もてない。もてない、と本人は思っているけれど、周囲の人間は、「美織が男を寄せつけようとしないだけ」だという。
 別にそんなつもりはないのだけれど。
 とにかくそんな恋愛経験の少ない美織にとっては、槙村のように自信に溢れ、からかうように意地悪を言ってくる槙村は、特に避けてきた人種に他ならず。
 だからお近づきにはなりたくないというのに……

「ところでさ」

 受け取ったカルテの指示を必死に拾い出していると、いつの間にか美織のそばに立っていた槙村が、こそりと耳元で声を潜めた。
 あまりにも至近距離にいて、思わず美織は固まってしまう。

「どうしていっつもそんなにかたーい顔してんの? そんなかたーい顔だから、もてないんだよ。きっと」
「!!」

 反応したら負け。
 そう思っていたのに……
 あまりにも唐突に、いや、それだけではなくて、想像もしていなかったほど至近距離でそんな事を言われたものだから、冷静になんてなれるはずもなかった。

「よっ、余計なお世話です!!」

 考えるよりも先についつい、大きな声を出していた。
 はっと気が付いて口を指先でおさえてみたものの、もう遅い。飛び出してしまった言葉は、槙村の耳に届き、消しようもない。
 ナースステーションにいた他の看護師たちが、怪訝そうに美織と槙村を見ている。
 そんな好奇の視線にさらされ、頬が紅潮する。
 真っ赤になって俯くと、槙村がくくっと笑っている声が聞こえた。

「あ、もしかして自分でも気にしてたんだ。いや、ごめんごめん」

 くくっと肩を揺らしながら面白そうに離れていく槙村の背中に、美織は心の中で思いつく限りの罵詈雑言を浴びせかけた。




あらすじ

だから、抱きしめて


 川崎美織は、周囲から「美人」と称されるものの、恋愛経験も少なく、何よりも男性があまり得意ではない。自分がもてないことにコンプレックスを抱いている。そんな美織の最近のストレス源は、外科医槙村蓮。自信満々で意地悪な槙村にできれば近づきたくなかったのに、何がどうなったのか、売り言葉に買い言葉で一夜を共にすることになってしまって…… 
 意地っ張りな美織と自信家な槙村。二人の関係は恋愛に発展することはあるのか――――

短編集、お菓子の時間

日々のこと


短編集、『お菓子の時間』をアップいたしました。

あらすじにも書かせていただきましたが、こちらは『小説家になろう』の企画、『candy sutore』に投稿させていただいた作品になります。
本当は、全7回、テーマも7回分あったのですが、投稿できたのは4作品だけという……
投稿した作品のほかに、「プリン」「チョコレート」「ケーキ」というてーまがあるんです。
ネタとしましては頭の中にあるので、時間を見つけてまた別テーマで短編をアップしようかと思っています。

ひとつひとつがそれほど長くないお話になりますので、お暇な時間にでも覗いていただけたら嬉しいです。

新鮮な味覚

お菓子の時間


「ねえ、今お茶を用意するから、ちょっと座って待っていて」

 いつものように勝手に彼女の部屋に上がり込むと、彼女……沙耶(さや)は振り返りもしないでそう言った。
 ソファーに座り、俺はキッチンに向かう彼女の背中を見つめた。
 黒髪をひとつに纏め、纏められたその髪が、沙耶が身動きするたびにゆらゆらと揺れる。
 彼女は、そんな髪の一房さえも綺麗で……
 俺はつい見惚れてしまった。


 沙耶は、本当に美人だ。
 そう、美人という言葉が本当によく似合う。
 滑らかな白い肌。切れ長の瞳。鼻筋が通っていて、唇はふっくらとしている。ひとつひとつのパーツの美しさだけではなく、その配置は完璧で。
 沙耶を連れていると誰もが振り返った。
 そしてどんな美人も、その美人を連れている男も、気まずそうに目をそらす。
 その度に、心から俺は誇らしい気持ちになるんだ。
 そしてそんな誰もが美人だと認識する沙耶が、俺だけに甘え、俺だけが好きにすることができる。それはとてつもない優越感。

「沙耶、今度飲み会に来てくれって、みんな言ってたぞ」

 背中を向けてなにかを作っている沙耶に話しかける。
 背中の黒髪が大きく揺れ、沙耶が振り返る。その顔には、困ったような苦笑い。

「ご、ごめんなさい。私、お酒飲めないし、その、そういう場はちょっと苦手で……」
「お前、いっつもそう言って来ないよな。そんなに俺らと酒飲むのがイヤなのかよ」
「そんなんじゃないの。でも、その、本当に苦手で…… ごめんなさい」

 沙耶の顔からは、既に苦笑いも消え、しゅんと悲しそうに俯いている。今にも涙をこぼしそうな勢いだ。
 ……別に、本気で沙耶を責めようと思ってあんなことを言ったわけじゃない。
 ただ、彼女の口から「じゃあ、一回くらい行ってみようかな」なんて言葉を期待したんだ。
 断られるのはなんとなくわかっていたし、断られたからといって、別に責める気もない。俺の友達が沙耶と一緒に飲みたいと思っているのは、沙耶が『美人』だからだ。
 そして俺は、その『美人』の彼氏として、優越感に浸りたいだけで。

「ね、ねえ。怒っているの? ご、ごめんなさい……」

 黙っていた俺を怒っていると思ったのか、沙耶は声を震わせ、必死な視線を送ってきている。その瞳には…… マジで涙が浮かんでいるよ。
 勘弁してくれ。

「別に、怒ってないよ。たまには来たらいいのに、って思いはしたけどね」
「うん。でも…… 私、面白いことも何も言えないし、きっとみんなつまらないと思うの」

 沙耶はエプロンをもじもじと握りしめつつ、そんなことを口にした。
 そうか、自分でも分かってんだな、自分のことを。
 まさに沙耶の言うとおりだ。沙耶は確かに美人だけれど、つまらない女だ。
 面白みのあることひとつ言えないし、地味で控え目。今時の流行りのファッションに身を包むこともない。大口を開けて笑うこともない。わがままを言ってものをねだることも、街中で人の目を気にせずにキスするようなことも……
 俺の脳裏に確実に誰かの姿が過って消えた。
 俺はその姿を、慌てて頭の中から追い出した。 
 とにかく…… 沙耶が美人でなかったなら、俺はまずこいつとは一緒にいないだろう。

 まだ俯いてエプロンの端っこを握りしめている沙耶に、俺は「もう別にいいよ」と言った。
 もう少し優しい口調で言ってやってもよかったのかもしれないけれど、つい、ぶっきらぼうになってしまう。
 でもそれだって、俺だけが悪いわけじゃない。
 せっかくの休日にこうして会っているのに、ちょっとしたことでどんよりとしたオーラを出す方だって悪いだろう。もっとこう、明るく笑い飛ばしたりできないものなんだろうか。
 ……まあ、無理だろうな。
 沙耶がそんなキャラクターだったら、俺なんかとはきっと付き合っていない。高嶺の花で、遠くから見ているだけの存在だったかもしれない。
 ということは、沙耶はこれでいいんだな、きっと。

 そんなことを思いつつ、俺は再びキッチンに向かう沙耶の背中を見た。
 さっきから必死に何か手を動かしている。
 そして聞きなれない、何かを掻き混ぜているような音…… シャカシャカと。
 気になって、なにをしているのか覗きに行こうかと思った時、沙耶が振り返った。手にお盆を持っている。そのお盆を手に、沙耶は俺の前に来ると、座り込んでテーブルの上にお盆のものを乗せていく。

「これ、どうぞ」

 そう勧められたものを、俺はまじまじと見た。
 綺麗な紅葉をかたどった小皿の上には、みたらし団子。手作りだろうか、串は刺さっていない。代わりに袋に入った、洒落た楊枝が添えられている。
 そして、もうひとつ。湯呑を潰したような形の器に入った、緑色の液体…… これはお茶、なのか?

「これ、抹茶だよ」

 俺が何を考えているのか分かったのか、沙耶はくすりとそう言って笑った。
 抹茶…… か。テレビとかで見たことはああるけれど、こうして実物を目の前に出されたのは初めてだ。妙にどろりと濃い緑色をしているんだな。
 そんなことを思いながら、俺は目の前に出されたものを、妙に不思議な気持ちで眺めた。どう考えても、どちらも自分から進んで口にしてみようだなんて思わない代物だ。
 そう、お茶も和菓子も正直苦手だ。
 和菓子は甘ったるく嫌いだし、抹茶は飲んだことはないけれど、見た目からもうパスだ。お茶でさえあまり飲まないっていうのに、お茶を凝縮したようなその液体は、全く魅力を感じない。

「どうぞ、食べてみて」

 なのに彼女は、それらを俺に勧めるのだ。
 にっこりと笑いながら。
 よりにもよってこんなものを勧めてくるとは、俺のことを全く分かっていない。いつも俺がコーヒーを好んで飲んでいるのも、甘いものを食べないのも、沙耶は全然気がついていなかったんだろうか?
 それとも……

「嫌がらせか?」
 そんな言葉が口を衝いて出た。
「嫌がらせ? どうして? 私に何か嫌がらせをされるようなことがあったの?」
 沙耶は不思議そうに首をかしげる。……俺は、ぐっと息を飲んだ。
「や、そう言うことじゃないけど。俺、いつもはコーヒーだし、甘いもの苦手だし」
 視線が泳ぎだす。沙耶を真っ直ぐに見ることができなくて。
「ああ、そうね。あなたはいつもコーヒーだし、甘いものは食べないものね。でも、たまに食べてみると美味しいかもしれないわ」

 にこり、と沙耶が笑って、抹茶の入った茶器と、みたらし団子の乗った皿を俺の方に滑らせる。
 綺麗な顔でにこりと笑っているはずなのに、その目が笑っているように見えないのは、俺が後ろめたいせいだけだろうか?

「いや、でも、本当に苦手で……」
「でも、せっかく作ったんだから、一口でいいから口にしてみて? あ、抹茶は御作法とかそういうの、気にしなくていいわ。そんなのは気にしないで」

 ね?
 と、彼女は尚も俺に抹茶とみたらし団子を勧める。
 いつもならばこんなには食い下がらないのに、珍しい。
 このみたらし団子は俺のために作ったのだろうし、さっきのシャカシャカという音は、多分この抹茶を掻き混ぜていた音に違いない。……掻き混ぜてって言い方が正しいかどうかは分からないけれど、俺に茶道の知識なんてないからよく分からない。
 確かに、ただ断るのは申し訳ないような気がしてきた。
 一口だけでも口にすれば、きっと沙耶も喜んでくれるだろう。

「じゃあ、ひと口だけ」

 そう言って俺は、みたらし団子をひとつ口の中に放り込み、御作法だか何だかも関係なく、抹茶を一口すすった。

「あれ?」
「どう?」
「うん。悪くないもんだね」

 驚いた。甘ったるそうな団子は、抹茶の苦みに誤魔化され。抹茶の口の中に残りそうな苦味は、団子の甘さに中和されている。
 ああ、これが食べ合わせの妙ってやつなのか、と実感する。

「そうでしょう? 意外といけるでしょう。きっと甘味と苦味だからいいのよ。それにね、いつも同じものばかりじゃなくて、違ったものを食べるとすごく新鮮に感じるものだわ」

 沙耶の言ったとおりだ。
 たまに違った味覚を体験するのは、本当に新鮮で……
 一度そのその新鮮さを味わってしまうと、またその新鮮な感じを味わいたくなるんだ。
 そう、沙耶とのマンネリの関係が、他の女との新鮮な関係で誤魔化され、他の女との新鮮な関係は、沙耶とのマンネリの関係が罪悪感さえ中和してくれる。

 さっき頭の中から追い出した女の顔が、瞼の裏をちらついた。
 新鮮な味覚が。
 沙耶とでは味わえない、刺激的な味覚が。

「あの女も新鮮だったでしょう」

 ずっと抹茶を再びすすったところで聞こえた沙耶の言葉。すぐには意味を理解できなくて。

「あの女よ。たまには別のものが食べたくなったんだよね?」

 くすり、笑っている沙耶に血の気が引いた。
 そして沙耶は笑いながら尚も続けるのだ。

「仕方ないのかなって思ったわ。よく聞く話じゃない。カレーを食べ続けると、お茶漬けが欲しくなるって。だからそういうものだと思ったわ」

 知られていた、知られていたのだ。浮気していたことが。
 言い訳をしようと思うのに、口が動かない。

「でもねえ、一度や二度じゃないじゃない。何度も何度も。それなのにあなたは何事もなかったみたいに。その上、私といる時よりも楽しかったんでしょう?」

 どん、と肩が小突かれる。
 沙耶の、女のそれほど強くない力のはずなのに、俺はずるりとソファーからずり落ちていた。
 動かないのは口だけじゃない。足も、腕も……!!

「とっくに飽きていたんでしょう? 私に感情がないとでも思っていた? ただのお飾りじゃないのよ」

 床に不自然な姿勢で転がりながらも動けない俺を、沙耶は微笑みなが見下ろしている。
 初めて見る沙耶の表情(かお)。

「ねえ、あまぁいお団子の中に入っていたお薬の苦み、抹茶で上手に隠されていたでしょう?」

 口を月形に持ち上げ、冷たく、でもどこまでも凄艶に微笑む彼女に、俺は心を支配され。
 ああ、これこそが俺の求めていたものなのだと悟った瞬間、意識は闇に溶けていった。


さくさくほろり。

お菓子の時間


 無塩バターを室温に戻して、砂糖と小麦粉を振るう。それから、柔らかくなったバターを泡だて器で潰しながら砂糖を加える。バニラエッセンスも加えて、白っぽくなるまで混ぜ続ける……

 クッキーの作り方。分量も全部頭の中に入っている。もう何度も何度も繰り返した行程。
 先輩のためだけに、先輩のことを思いながらクッキーを作る作業は、いつだって楽しくて楽しくて。
 憧れていたその隣が自分だけの特等席になったこと、初めて手をつないだあったかさ、指先はちょっと冷たいこと、実は睫毛がすごく長いこと……
 そんなことを考えていると、クッキー生地を冷蔵庫で寝かせる時間さえもあっという間で。二人の関係だって、こうやってじっくり寝かせることが大事なんだよね。とか何とか、そんなことを考えては赤くなったりした。



「美味しいよ!!」

 驚いたように、そしてどこか感心したように、私の手作りのクッキーを食べる先輩。私は天にも昇るような気持だった。
 美味しくないはずはない。だって、先輩に渡すためにひたすら練習に練習を重ねたんだもの。このクッキーは十一回目の正直。
 焼きあがったそのクッキーの色は芸術的で……香りだって、努力の甲斐もあってか、それとも愛情の成せる業か、香ばしくて甘くって。自分で言うのもなんだけど、焼きあがりの香りときたら、すぐにでも口に放り込みたくなるくらいのものだった。
 ひとつだけ味見にと摘んだ、比較的焦げ目の濃いクッキーは、それでもさくさくして、ほろほろと口の中でほどけていった。本気でこれでお店を出せるって思ったくらい。
 だからこの先輩の反応は当然。
 でも、そうは思っていても、自分で自画自賛しているのと、本当に「美味しい」と言ってほしい人にそう言われるのとでは、天と地ほどの差もあって。そして、たった一言で人は空も飛べるんだと知る。

「ほ、本当ですか?」
「うん、美味しいよ。こういうの作るようには見えなかったから、すごく驚いた」

 そう言って笑う先輩の顔は、今でも心にしっかりと焼き付いている。消そうと思ったって消えないくらいに、しっかりと……
 あの時は本気で思ったんだ。

 先輩がお爺ちゃんになっても、私がクッキーを作ってあげる。

 って。
 なんて幼稚でなんて純粋なんだろうね。そんなことを思っていると、悲しくなってきた。

 しっかりと白くなるまでかき混ぜたバターと砂糖のペーストに、卵を少しずつ混ぜて再び混ぜる。小麦粉を加える前に、冷蔵庫で冷やすの。ここがポイント。ほんの少しの時間でいいんだけれど、冷やすことで生地が扱いやすくなる。
 そう。焦りは禁物で。
 ……焦ってはいけなかったの。




「あの人、誰なんですか!?」

 頭に血が上って、自分が何を言っているのかもよくわからない。
 ただ、先輩と仲よさそうに笑っていた、綺麗な女の人が瞼の裏に焼きついていて…… 悔しかった。だって、どう見ても先輩が一緒にいた女の人に比べて、自分は見劣りしてしまうから。あの人の方が先輩と一緒にいても絵になる。
 そう思えば尚更に悔しさと、悲しみ、それに卑屈な感情に支配されてしまう心。

「誰って……誰でもないよ。クラスメイトだけど」

 驚いた顔の先輩。ただ驚いていただけなのかもしれないのに、私にはバツの悪い顔に見えてしまったんだ。
 こういうのを疑心暗鬼って言うんだ。その時は気が付かなかったけれど。だって、頭に血が上って、冷静さなんて一欠けらもなかった。

「うそ……っ!! だって、先輩私の前じゃ、あんなふうに笑わない……!!」
「なに、言ってんの?」
「私がガキだから、だから、対等に扱ってくれないんですか!?」

 対等に扱われていないだなんて、本気で思ったことなんて……本当はなくて。ただ、悔しかった。絵になる二人、ガキんちょで絵にもならない私。
 大げさかもしれないけれど、高校生の二学年差は結構大きい。卑屈になるには十二分なほど。

「あの人の方が先輩は一緒にいて楽しいんでしょう!?」
「は? お前……本気でそういうこと言ってんなら、相当バカだな」

 訳のわからない暴言を吹っかけたのは自分の方なのに、先輩にバカだと言われて私は声を上げて崩れ落ちてしまった。
 涙は女の武器……その言葉、知らないわけじゃない。でもその時初めて本当の意味を知ったんだ。
 泣き崩れる私と、困ったように立ち尽くす先輩。見ている人が、誰を悪者と判断するのかは……今ならすぐにでもわかるのに。



 きっかり二分。冷蔵庫で休憩させたペーストを取り出し、今度はふるった小麦粉を入れてさっくりと混ぜる。あくまでさっくり。
 そして纏まった生地にラップをかけて、冷蔵庫で休ませる。今度はゆっくり一時間程度。
 生地を冷蔵庫に入れ、私は使っていた泡だて器やら、ボールなんかを洗い出す。結構べたつくので洗いずらい。でもこの時間を無駄にする手もない。もう何度も作っているお陰で、こんなふうに時間の使い方も上手くなった。
 最初のうちは、焼き上げてから、ガチャガチャに散らかしたキッチンを片づけたものだったのに…… 人は学習するもの。
 でも、学習するには時間だって必要なんだ。こうやって、きちんと考える時間が。



「先輩……あの」

 勇気を振り絞って声をかけたのに、先輩はついと目を反らせて私の横を通り過ぎて行った。
 私が大泣きしたあの一件以来、上手く言葉を交わせていない。言葉だけじゃなくて、メールも…… メールの方がはっきりとした言葉をぶつけられるんじゃないかと思うと怖くて、何度も先輩に打ったメッセージは送れないまま未送信ボックスに収納されている。
 必死に勇気を振り絞って声をかけたのに、完全に無視されてしまった……
 信じられない、信じたくない現実。
 でもここで諦めてしまったら、もう二度と先輩の横という特等席には戻れないと思って、私は慌てて先輩の背中を追った。

「待って……待ってください、先輩!!」

 走り寄って、先輩の制服の端っこを掴む。けれど、その手は苛ついた手つきで払いのけられてしまって。ショックのあまりその場で固まってしまう。血の気が、頭のてっぺんから引いていく音が本気で聞こえた。

「せ、先輩…… この前は、変なこと言って、突然泣き出したりして、すいませんでした」

 それでも必死に凍りつきそうな喉から声を押しだす。何か言わなくちゃいけないと、そればっかりで。何か言わなくちゃ、本当に特等席を失ってしまう。
 そんなことばかり考えていて、涙腺が緩んでしまっていたことに私は気が付いていなかった。
 気が付いた時には、大粒の涙がボロボロと頬を滑り落ちていて……
 まずい、と思った。女の武器は、ただ先輩を不利な立場に追いやるだけだって、この前分かってたはずだったのに。同じ過ちを繰り返してしまった。

「……なんで泣くんだよ」

 深いため息とともに、頭上に落ちてくる先輩の声。顔を見るのが怖くて、視線は足元に落としたままで息をのむ。

「俺、そんなにお前に悪いことしたか? 俺はなにもしてない。何かがあったんだとしたら、おまえの気持ちの中だけだろ?」

 確かにそうだ。先輩が知らない綺麗なヒトと笑い合っていた。ただそれだけの幼稚な嫉妬。自分より絵になっている二人に対する、卑屈な気持ち。
 そう、全ては私の心の中の出来事。勝手な、勝手な……
 それでも、それさえも受け止めてほしいと思うのは、やっぱり我が儘なんだろうか? 受け止めてもらえないなら、不安な気持ちはどこに行けばいいのだろうか?

 クッキーを「美味しい」と食べてくれた先輩の笑顔を思い出す。
 どこで間違えたんだろう? どれだけ分量を間違えたとしたって、こんなにも苦い感じるクッキーなんて作れない。クッキーなら、作り直しができるのに。関係はそんなに簡単じゃない。

 黙って泣き続けている私に痺れを切らしたように、先輩はもう一度深々とため息をついてゆっくり背中を向ける。
 行かないでほしいのに、ごめんなさいと、そう言いたいのに。自分の思いばかりぶつけてしまってごめんなさいって。
 だけど、その言葉を口にできるほど、私は多くの意味で学習不足で。人生にも、恋愛にも。

「どうして分かってくれないの!? 先輩なんて、何にも分かってない!!」

 仲直りができたら渡そうと思っていた手作りクッキー。先輩の背中に思い切りぶつける。先輩の背中に綺麗にリボンをかけた袋がぶつかり、中身が飛び出す。くるくる螺旋を描きながら、それは先輩に食べてもらうこともなく、地面の一部と化した。
 私は先輩の反応も見ないで思い切り駆け出す。
 走って、走って、自分の気持ちからも逃げだした。
 卑怯で、ずるくて、わがままで、自分勝手で、幼稚で……それできっと純粋だった私を知っているのは、地面になったあのお菓子たち。



 寝かせた生地を伸ばして、好きな形に抜いていく。今日は全部ハート型に。それらを天板に乗せて、熱したオーブンへ。
 後は焼きあがるのを待つだけ。

 あれから先輩とは連絡を取っていない。
 どちらが避けているのかわからないけれど、同じ校内にいるくせに、顔を合わせることもない。
 あれから数カ月経って、先輩の特等席は、とうとう他の人のものとなったらしい。
 ……うん、仕方ない。あの時の私と一緒にいたいなんて思う人はいないはずだもの。私だってきっと嫌。でもね、一番イヤだったのは、あの日あの時あんなふうにしか自分の気持ちを言えなかった自分で。
 ……今なら、もっと違う自分にもなれそうなのに。それももう叶わないほど、時間が経ち過ぎた。

 オーブンから香ばしい香りが立ち上り、きっと美味しくできているはずのクッキーが焼きあがる。

「完璧だ」

 天板を取り出し、まだ熱々のそれを一枚とって口に放り込む。

 さくり。

 軽い触感。

 ほろり。

 ほどけて行く。

 おかしいな、無塩バターを使ったはずなのに、どうしてこんなにしょっぱいのかな。

 ぐしぐしと袖口で目元を拭いながら私は更にもう一枚口の中に放り込む。

 さくさく、ほろり。

 口の中でほどける。さくさく、ほろり。苦い思い出も一緒に。

 さよなら先輩、ごめんなさい。

 心の中で呟く。いつかまた、大事な人にクッキーを焼こう。その時はきっと、甘いクッキーが作れると信じて。



つまらない味わい

お菓子の時間


 
「俺、同じもんいつまでも口の中に入れておくの、苦手なんだよね」

 口の中に放り込んだ飴玉を、いつも味わうこともなく、がりがりと音を立てて噛み砕く彼に、「どうしていつもすぐに噛んじゃうの?」って聞いたら、そんな答えが返ってきた。
 かなり大きな飴玉でもない限り、彼は口に放り込んですぐにがりがりと噛み砕く。
 ――――歯、強いんだなあ。
 なんて、時には感心さえしてしまうくらい。
 そして彼は、いつものんびりと飴玉を舐めているいる私に向かって言うのだ。

「お前、よくいつまでも同じ飴玉なんか舐めてられるなあ……」
 なんて。でもって私が、
「これね、舐めているうちに味が変わるんだよ、面白いでしょう? あなたも食べる?」
 そんなことを言いながら、その飴を勧めてみても、
「そんなもん、かじっちゃえば全部同じだろ」
 と、やっぱりがりがりと噛み砕いてしまうのだ。
 別にその人なりのやり方ってもんがあるんだからいいとは思うけれど、彼は損をしている気がして仕方がないんだ。
 だって、彼には絶対に分からない。
 急に飴の味が変わるあの瞬間を。
 大事に大事に口の中で味わっていものが、はっとするくらいに鮮やかに味覚を変えるあの瞬間を。結構驚いたりするものなのだ。でも、彼はきっと知らない。


「……ねえ、ねえってば。人の話、聞いてる?」
 ぐいぐいと彼の袖口を引っ張る私を、彼は心底面倒臭そうに見た。そんな表情(カオ)しなくたっていいでしょうっ!! と、きつい口調で攻め立てたい気持ちになるけれど、どうにも気の小さい私には言えない。
 揉め事はできる限り回避したい性分なのだ。
「あ? 何?」
 ぎゅっと袖口を引っ張られて、やっと彼が足を止める。面倒くさそうな表情はしているものの、怒ってはいみたいで、私はとりあえずホッとした。
「あの、さあ。もうちょっとゆっくり歩かない? せっかくなんだもん、色んなところ見て回ろうよ」
 そう『せっかく』。せっかく今日は二人で出掛けたというのだから。
 だけど彼は、携帯をポケットから出してそっけなく言うのだ。
「ゆっくりとか言ってるけど、映画の時間はどうするんだよ。俺、この映画観たかったんだからさ」
 あと十五分しかない……と、彼のため息混じりの言葉が頭上から降ってくる。
 彼が観たがっていた映画。
 正直言って、私の趣味には到底合いそうもないジャンル。だけど、たまには普段観ないようなものもいいんじゃないかと思ってた。
 だから、今日この映画を見ることには何の文句もない。でもね、少しは周りを見て回るくらいの心の余裕ってもんはないわけ?
 目的以外には、興味すらない? 
 もしかして、もしかして私にだって……ああ、嫌だ。こんなことを考えたいわけじゃないのに。
 私は何も言わずに、彼の袖を離して、溢れだしそうな言葉を飲み込んだまま黙って彼について行った。小走りに。

 映画は思っていた以上に面白くはなくて……
 でも彼は観たかった映画を観れたことでもう満足なのか、それとも観終わってしまったらそれでもう興味なんかないのか、映画の話にはひとつも触れなかった。
 別に、映画の話をされてもお世辞にも『面白かったね』なんて言える代物ではなかったけどね。
 そのまま行った彼の部屋で、彼は別に興味もなさそうにニュースの世界情勢なんかを聞いている。
 私はそんな彼の横顔をなんとなく見つめた。いつもがりがり噛み砕くだけのくせに、彼の部屋にはいつも飴玉があって、私はそれをひとつ口の中に放り込んだ。
 新製品なのか、見たこともないようなパッケージ。
 それは口の中に放り込んでしばらくはミルク風味なのに、最後の最後でどぎついレモンの味に変わった。
 そのレモンの風味は本当にどぎつくて、最初の優しいミルク風味をどうして最後まで維持してくれなかったんだと、恨み言を言いたくなるくらい。
 だから私は、つい彼がいつでも飴玉をすぐに噛み砕くことすっかり忘れて言ったの。

「ちょっと、これは酷いよ。何なの、この飴。最後の最後でこの酸っぱさはないよ」
 言ってから、そうだ彼がこの味を知っているはずがない、と思い出した。
「……はあ? そうなの? 俺、最初から噛んじゃうからよくわかんないや。別に不味いとも思ったことないし」
 ああ、やっぱりそうだよね。
 言った私がバカだった。
 彼がテーブルの上の袋の中から飴玉をひとつ取って口の中に放り込む。そしてやっぱり味わうこともなくがりがりと噛み砕くのを、なんとなくため息交じりに見た。
 私がああ言っても、彼は飴の味を確かめるつもりはないらしい。
 別にいいけれど。
 視線をテレビに移す。ニュースはいつの間にか終わっていて、妙にハイテンションなバラエティー番組をやっている。興味はないけれど、私はそれをじっと観ていた。

 そろそろ帰ろうかな。
 そんなことを心の片隅で考えながら。

「なあ……」
 ふと気が付くと、すぐそばに彼がいて。
 にやついた表情で、手の届きそうなところに迫っている。
 彼の表情で、何をしようとしているのか分かった私は、彼の胸を両手で突っぱねる。
「や、そんな気はないから」
「そんな気って何だよ」
「だから、今日はもう帰るから」
「勝手なこと言うなよ」
 そう言うと、彼は嫌がる私に圧し掛かってくる。どっちが勝手なんだ。自分の気持ちばっかりで、私のことなんてちっとも考えてないくせに!!

 そう言おうとも思った。
 だけど無理矢理にキスをされ、口の中にレモン風味のミルク味の、あの飴の味が広がって、私はなんとなく抵抗する気もなくしてしまった。
 多分、どれだけ私の気持ちを説明しようとも、きっと彼は私の気持ちなど本当の意味で理解してくれない。
 この飴の味とおんなじように。



 背中を向けたまま、深い寝息を立てる彼の横から、私はするりと抜け出した。
 ベットの下に散らばった衣服を拾い上げ、のろのろと身に着けていく。
 ああ、なんだか虚しい。
 眠る彼の裸の背中を見ながら、何でこいつと付き合ってるんだっけ……なんて、根本的なことを考えてみる。
 そうだ。
 街角で声を掛けられたのがきっかけだ。
 軽いノリで、「試しに付き合ってみない?」そう誘われたのがきっかけだ。
 私の周りにはいないタイプだったから、それも面白いかもしれないって、そう思ったんだ。
 最初は優しかった。マメに電話をくれて、あったかい言葉もうんとくれて……
 意外と付き合ってみたら、面白いかもしれないとか、いい奴かもしれないとか、そんな期待感があったんだ。そう、食べたことのない飴を、口の中に放り込む瞬間に似てるかもしれない。
 けど、一回カラダを許した途端に、あれっと思う間もなく彼の態度は変わっていってた。

「……さっき食べた飴とおんなじだ」

 くっと、口から笑いがこみ上げる。
 そうだ、こいつ、さっき食べた飴と似てる。最初こそ「あれ、美味しいかも」なんて思っても、味わっていくとどぎつくて口に合わない味に変化する。
 完全に服を身に着け、私はテーブルの上の袋から飴をひとつ取り出して口の中に放り込んだ。
 優しい、ミルクの味が口に広がる。
 いつもなら、最後の最後まで味わうそれを、私は彼の真似をしてがりがりと噛み砕く。
 その瞬間、あれ程どぎつくて酸っぱすぎてイヤだと思っていたレモンの味が、優しいミルクの味と一緒になって口の中に広がる。
 それは、最後まで味わって食べるよりも、ずっとずっと美味しかった。
 そうか、モノによってはこうしてがりがり噛み砕いちゃったほうが、美味しい場合もあるんだな。
 ……非常に役に立ったよ。

 でも私はきっとこの飴を二度と食べることはないだろうな。
 だって私はやっぱり飴は最後まで味わうのが好きだし、最後まで美味しいもののほうがいいから。
 だから、もういらないや。

 テーブルの上の袋を掴んで、中身を一気にゴミ箱の中にぶちまける。
 ざらざらと、気分良く一気に中身がゴミ箱の中に落下していくのを見届けて、私はその袋をぽいと放り投げた。

「さよならぁ」

 どこか歌うような口調で寝ている彼の背中に言葉をぶつける。
 あの飴はゴミ箱の中へ。
 この男は過去へ。
 不味いものはもうたくさん。


 珍しいものを口にするときは注意が必要だ。


とろける

お菓子の時間


「ちょっと、大丈夫?」

 がちゃ、と勝手に部屋のドアが開けられる。
 無遠慮に人の部屋にあがりこんできた女は、更に無遠慮に俺が寝ているベットまでずんずんと歩み寄ってきた。
 そして、サラサラの黒髪を耳にかけながら、熱が高くてぐったりと寝ている俺の顔を覗き込む。

「熱出したんだってね。さっきおばさんに聞くまで知らなかった。早く呼んでくれたらよかったのに」
 そう言いながら彼女、夏生(なつお)は、不満そうに頬を膨らませる。
 なぜ怒っているのか、意味がわからない。
「いや、別に来てもらわなくてもよかったんだけど…… てか、普通お隣さんだからって、高校生の野郎の部屋に勝手に上がりこんで来るってどうよ」
「え? ダメだった?」
「普通、おかしいだろ。襲われるぞ」
「襲うの?」

 夏生はなぜか大きな瞳を更に大きくして、俺のことをじっと見つめた。丸い瞳がきらっきらと輝いている。
 ……おいおい。そんな目で見ないでくれよ。
 てか、このシチュエーション、身悶えして羨ましがる野郎が大勢いるんだろうなぁ。
 なんて、ぼんやりとした頭で考える。
 でも、だ。
 そんなに羨ましがられるシチュエーションでもないんだな、これが。自営業で留守がちな我が家の事情を知った上で、幼馴染という立場上、こいつは俺を気にかけてくれてるだけなんだから。

「お、襲わねえよっ。病人に何を言わせてるんだ」
「あはは。そうだよね。今更私のことなんか襲わないか」

 口元を隠すようにして笑う彼女を、俺は布団を鼻のあたりまで引きよせてちらりと盗み見る。
 小さなころは俺の後ろに隠れるようにして、いつも後をひっついて回っていた彼女は、いつのころからか俺なんていなくても一人で歩くようになっていて……
 その上、頭もよくて美人ときている。
 いつの間にやら同級生の中でも、かなり競争率の高い存在となってしまっていた。
 いつだって後ろをついて回っていた彼女は、今では俺の遥か先を行っているような気さえする。正直、ちょっと悔しい。
 両親も仲良しで、長い間家族ぐるみの付き合いをしてきたお隣さんの夏生。
『今更私のことなんか襲わないか』じゃなくて、今更襲うタイミングもクソもあったもんじゃないだろう、が正直なところ。
 第一、今更そんなことをされても心底困るに違いない。
 だからここは俺としてはこう言っておくしかないんだ。

「……当然だし」
「当然だとか言わないの!! これでも私だって女なんですけどっ」

 夏生は再びぶうっと頬を膨らませる。
 ……女扱いして欲しかったのか? 自分は俺のこと、これっぽっちも男だなんて考えてもいなくせに。これだから女心は分からない。
 とにかく、なにやらぶちぶち愚痴っている夏生はスルーするのが一番だ。声の掛け方を間違うと、また余計に怒らせかねない。
 大体、俺は病人なんだぞ。なんだって勝手に上がりこんできた隣人(なつお)に気を遣う必要がある!? 気を遣われたいのはこっちだっての。
 ぶちぶち言っていた夏生が、大きくため息をついて、そして俺の方を見た。

「で、具合どうなのよ」
 腰に手を当てて俺を見下ろしてくる彼女はちょっと残念な感じで、とても男子生徒のぎらぎらした眼差しを一身に集めているようには見えない。おばさんくさい……
「見たとおりだよ、最悪。じゃなかったら、日曜日に布団に包まって寝てるかよ」
「ふうん。熱でもなけりゃあ、じゃあ何してたの?」
 なぜか夏生の声には棘があって……なんでだ?
「なにって、部活に決まってんだろうが。県大会が近いんだから」
 そう答えると、今度はぱああっと顔を綻ばせる。……だから、何なんだよ。
「ああ、そうか。そうだよね。彰人(あきと)レギュラーだもんね。応援行くから、絶対に試合に出てよねっ」
 両手を胸のあたりで握りしめ、嬉しそうに笑いながらベットの傍に座り込む彼女。うーん、あんまり近づかないでほしいなあ。
 一応、男だってこと、忘れてほしくないんですけれど。

「とにかくさ」

 ごほんとわざと咳をしながら俺は話を変える。
「寝てればすぐに治るし、心配しないで結構です」
 そう言いながらごそごそと、彼女に背中を向ける。
 うん、これ以上微妙なお年頃の男女が、狭い空間に二人っきりってのは、精神衛生上良くないと思うんですな、はい。だからできることなら、夏生には申し訳ないけれど、出て行ってもらった方がありがたい。
 なんて考えていたら……

「っ、ぬわっ!!」

 首筋にひんやりとしたものが触れて、俺は思わず飛び起きてしまっていた。
 すぐそばから最初は密かな、それから爆発したような笑い声が聞こえてきた。
 ベットのすぐわきで、夏生が涙を流しながら大爆笑中。

「……あの。病人に何してるんだ、おまえは」
「……ひ、っふふっ……ぬ、ぬわっ!! だって……く、ふふふふ」
 あんまりにも面白そうに笑われて、腹が立つってよりも呆れてしまう。
 しかも何なんだ、この低レベルないたずらは。
 俺は熱があるんだぞ。
 くそう、余計な体力を使ってしまったじゃないか。

 俺は大きなため息をついて再び横になった。さっきと同じように夏生に背を向けて。
 夏生といると、うまく言えないけれど、なんだかこう……疲れてしまうんだ。昔はこんなことはなかったんだけれど、いつの頃からか妙にぐったりしてしまう自分を自覚してしまった。
 きっとそれからだな。
 幼馴染という曖昧で親密な関係から一歩引いてしまうようになったのは。
 でも彼女は変わらなかった。
 俺が一歩引いてしまっても、夏生は幼馴染の二人の関係をずっと引き摺ろうとしている。
 いや、実際ずっと引き摺っているんだ。だからこんな風に軽々しく俺の部屋に上がり込んだりしてくるんだから。

「あ、あの……っ、彰人? ねえ、その、お、怒った……の?」

 ふと背中からうろたえたような夏生の声は、途切れそうなほどに細い。
 いつも自信満々な夏生からは想像もできないほど、困りきったような不安げな声に、つい驚いて体をひねって彼女を見た。
 ベットに上半身を預けるようにしてじっと俺をうかがっていた夏生と、信じられないほどの距離で見つめあってしまう。
 一瞬フリーズ。時間はストップ。

「ば、ばか!! おまっ、近づきすぎだろうがっ!!」

 動揺してすごい勢いで飛び起き、夏生から離れるように壁に背中を押しつける。
 そんな俺を、彼女はきょとんとして見ていた。大きな丸い瞳で。昔から知っている『幼馴染の夏生ちゃん』の瞳がそこにあって、俺は急に居心地が悪くなってしまった。
 パーソナルスペースを完璧に侵すほど近くにいたからって、そうだ、今更こんなに動揺する必要もないじゃないか。
 俺と夏生は俗に言う男と女じゃなくて、幼馴染なんだから。
 男と女には決定的にある何かが俺と夏生にはきっとなくて、普通の男と女には決してない何かが俺と夏生の間にはある。
 それは妙に優しくて、妙に懐かしくて、妙にまどろっこしくて、妙に面倒臭くて、妙に信頼に溢れた何かで…… 
 いうなれば、柔らかな緩衝材のような何か。
 男と女の間にある壁よりもずっと薄いけれど、確実に存在する壁よりも厄介な何か、だ。
 壁よりもずっと自然にあるものだから、壊す気にもなれない。けれどずっと消えないそれ。
 壊したいのか? ……俺。

「彰人?」

 ぼんやりとしてしまった俺に、夏生が声をかける。
 はっとして目を上げたときには、再びすぐそばに彼女の整った顔があって……不意に伸ばされた手が、俺の額にそっと触れた。

「熱、高いね? ちゃんと休んでなきゃ」

 大人びた笑顔に心のどこかがぐっと音を立てた……気がした。
 確かに野郎どもが騒ぎたくなるのもわかる……かも。
 夏生に促され、再びベットに横たわる。夏生がにこにこしながら布団をかけなおしてくれた。

「ねえ彰人。アイスクリーム食べようよ」

 そう言いながら夏生は、持ってきたコンビニの袋からカップのアイスクリームを取りだした。
 なるほど、さっき首筋を直撃した冷たいものの正体はこれだったか。

「いや、悪いけど、今はなにも食べたくないような……」
 遠慮がちにそう言ったものの、夏生は俺の言葉なんか聞いちゃいないかのように、カップアイスを木ベラで掬っている。
 そして掬ったそれを、満面の笑みで差し出してきた。

「ほら、彰人。あーんしなさい。はい、あーん」

 あーんて……
 しかもアイスクリーム、微妙にとけてきてるんですけど。

「ほらっ、早く口を開けるのっ。落ちちゃうでしょう」

 木ベラから今にもとろけたアイスがこぼれ落ちそうになっていて……俺は仕方なく口を開けた。途端に口の中に甘くて冷たい感触が広がる。
 それは意外にも……

「うまい」
「そうでしょ? 熱のあるときにアイスクリームいいんだから」
「なっ、夏生っ!?」

 あろうことか、夏生はさっき俺が口にした木ベラでとろけたアイスを食べている。ぽってりと赤い唇に挟まれた木ベラが、羨ましいと思ったなんてことは内緒だ。
 ……じゃなくて、何をしてるんだ!!

「な、夏生。か、風邪がうつるだろ!?」
 いや、本当はそんなことを心配してるんじゃなくて、なんて言うのかその、いくら幼馴染だからって、さっき俺が口にしたものを何の迷いもなく口にするか? 普通。
 それほどまでに俺は男として意識されてないってことか……盛大に落ち込むんだけれど。
 がっくりと肩を落とした俺に、嬉しそうな夏生の声が聞こえた。

「やっと……久しぶりに名前、呼んでくれたね」
「へ?」

 項垂れていた顔を上げると、さっきとは比にならないくらいに夏生の顔が間近にあって……
 状況が飲み込めないまま、柔らかくて冷たい感触が押しつけられる。
 唇、が、触れた?
 ほんのりと甘いアイスクリームの香りがする。

「彰人の風邪なら、全部私が貰ってあげる。だから、他の子にはあげないで」

 うるんだ瞳と、真っ赤に染まった頬の意味がいまいち飲み込めなくて。

「えっと、風邪マニア?」

 とバカみたいなことを口にしたら、またキスされた。
 触れるだけの、震えるキスを。

 何かがとろけていく。
 さっきのアイスクリームみたいに。
 それもしかしたら、二人の間にあるって思っていた、柔らかな緩衝材?
 とろけたアイスクリームの、口にしてみなくちゃ分からない甘さがあるように、口にしなくちゃ分からない何か。
 凍らせてきた気持ちが、とろけだす。

「襲ってやろうか?」

 照れ隠しに口にした言葉は失敗だったみたいで、俺は夏生の鉄拳を食らった。




あらすじ

お菓子の時間


こちらの作品は、「小説家になろう」の企画、『candy store』に投稿したものです。
お菓子をテーマにした短編集になります。

第一話:『とろける』
 テーマはアイスクリーム
 幼馴染の高校生二人。
 そんなふたりの、何かがとろけるお話です。

第二話:『つまらない味わい』
 テーマは飴、キャンディ
 飴はがりがりかじりますか?
 それともじっくり味わいますか?
 本当につまらない味わいってなんでしょうか?

第三話:『さくさくほろり。』
 テーマはクッキー
 大切な人に作るのは、甘くてしょっぱいクッキー。
 クッキーの手順のように、恋も上手にできたらいいのに。

第四話:『新鮮な味わい』
 テーマはみたらし団子
 同じ味わいだけじゃ飽きてしまう。
 どうしても新鮮な味わいを求めてしまう。
 けれど、飽きられたモノはどうしたらいい?


ネタが思いついたら、増えていく予定です。

『ぴ~ち』の番外編を投稿しました。

日々のこと


こんにちは、沢上です。

久々に更新いたしました。

季節の変わり目なのか、春が近いので油断していたのか、はたまた『モトカレ!!2』が発売された事で気が抜けたのか、インフルエンザにかかったり、胃腸炎を患ったりと、ここしばらくは健康面がズタズタでした(^_^;)

やっと少しばかり復活です。
……未だに、元気!!
と、言い切れないところが苦しい。


さて、『ぴ~ち』が本編終了してから、もう数カ月が経過してしまいました。
今更ですが、番外編を投稿させていただきました。

本編連載時は、あまりなかったモモと多希のらぶ~な感じです。

今更番外編投稿もどうかなーと、思ってもいたのですが、ありがたいことに未だに読んでくださる方もいて。
「番外編楽しみにしている」とも言ってくださる方もいるので、投稿してみることにしました。
やるやる、と言っていたことを、ひとつずつ、やっていかないとね(^_^;)

……次は、『モトカレ!!』の番外編、絹のお話書こうかなあ。

とか呟いてみましたが、沢上のことなので、いつになる事やら……

待っているよーという方がいらっしゃいましたら、気長にお待ちいただけるとありがたいです。

こっそり新連載も考えているのですが、……恋愛モノじゃなかったりして。


番外編:甘い反省

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


 もっと君を愛したいんだ……
 もっとたくさん愛したいんだ……

 君が目を閉じていても、暗闇の中にいても、それでも俺だとわかるくらいに何度もその中に穿って、君の形さえも変えてしまいたい。
 君自身が、俺の形を覚えるくらいに。
 そして、それがないとダメだと思うくらいに。


 それなのに……


「ぁア……っん! た、たきさぁ……ンっぁあああっ!!」
「モ……モモっ」


 ……このザマをどうしてくれる。
 何なんだ、この堪え性のなさは。早すぎるだろう!!

 もっとたくさん愛したいのに。
 君の甘く啼く声を、もっとたくさん引き出したいのに。
 なのに、俺のこの余裕のなさは一体何事なんだ!!
 情けなくて、悲しくなってくる……
 これでも女の経験は少なくないはずなんだ。
 いや、むしろ多いと言ってもいいはずなのに。
 他の女との時には、こんなことはなかったはずなんだ。
 いつだって余裕をかまして、俺の方が翻弄していたはずなのに……!!
 なのに、今の俺はあまりにも堪え性がなさすぎる。

 体の下のモモを見ると、いつものように恥ずかしそうにカラダを捩ってタオルケットを引き寄せている。
 未だに恥ずかしがるモモをいじめたいところだけれど、今日の俺にはそんな余裕はなかった。
 恥ずかしそうに泳いでいたモモの目は、俺の表情をとらえて不思議そうなものに変化した。

「……どうかしたんですか?」

 よほど俺が冴えない顔をしていたに違いない。
 そりゃそうだ。
 モモを喜ばせたいのに、たくさん気持ちよくしたいのに、情けないにもほどがある。
 この早さと言ったら、頭を抱えたい。

「ごめんな」

 俺の言葉に、やっぱりモモは不思議そうな顔をしている。
 それでも戸惑ったように微笑みながら、手を伸ばして俺の額の汗をそっと拭ってくれた。

「何のことですか? 変な多希さんですね」

 その仕草が可愛らしすぎて、納まったものが再びずきりと疼く。
 堪え症はないくせに、復活は早い…… 盛りのついたガキか、俺は。もっと大人の余裕とか、そういうもんが必要だろう?
 そう、思うのに…… 体と心は別物なんだと知らされる。それどころか、体に心は支配されるばかりで。血が逆流しそうなほど熱くなってきた体に、意識が引き摺られていく。
 だから。

「モモ」
「あ……っ、多希、さん」

 唇も、指先も、もう収まりの付かないほど硬くなってしまっている俺自身も、体の全てがモモを求めてしまうから。
 壊してしまうんじゃないかって不安よりも、繋がりたい気持ちの方が大きくなってしまう。そして、そんな邪な俺の気持ちを知ってか知らずか、君は淡く微笑むんだ。

「……大好きです」

 そんな甘い毒を流しながら、全てを許してくれるかのように。だから、甘えてしまう。欲してしまう自分を解き放ってしまう……
 獣のように、その白い喉元に喰らいついて。

 白い首筋に、痕が残るくらいに吸いつけば、華のような深紅の印。まるで俺のものだという証のようで、嬉しくなる。
 軽く肌に吸いつきながら、柔らかな胸の頂を目指す。両手で持ち上げるように掬いあげ、左右の胸に交互に吸いつく。わざと一番感じやすい、先端には触れずに。
 それでも君は体を震わす。ちゅっと吸いつけば、ビクンと。きゅっと食めばピクリと。鮮やかに跳ねる甘い体。
 それでも一番感じやすいところは触れられなくて、ピンク色に頬を染めた君が苦しげに見下ろしてくる。吐き出す吐息まで甘ったるい気がして、見ているだけで更に体の中心に熱が集まる。

「そんな色っぽい目で見られたら、また我慢がきかなくなるだろ」
 そう言いながら微笑みかければ、君は不思議そうな視線をよこす。
「なに、が、ですか……? あ、ああぁっ!!」
 我慢できずに既に硬くなってしまっている先端に吸いつけば、洩れる艶っぽい声。追い詰められているのはいつだって実は俺の方なんだ。

「あ、多希……さ、んあっ、は、ああ、ンッ!!」

 右胸の先端を舌先でチロチロと弾き、左胸の先端を指先で擦り合わせるように潰す。
 刺激を与えれば与えるだけ、モモの顔から恥じらったような色が消えていく。
 それが嬉しい。
 全て晒して欲しい。
 何も隠さないで欲しい。
 モモが恥ずかしがっているモモ自身でさえ、俺は愛しくて仕方がないから。
 誰にも見せない顔を、俺にだけ、全て見せてほしいんだ。
 そう、心から願う。
 するりと足の間に忍び込ませた指先は、何の抵抗もなく、モモの身体の中に迎え入れられる。
 そのまま、自分でも少し乱暴だと思うくらいににかき混ぜると、モモは背中を反らせて体を震わせた。
 ずっと離れていた二年間、触れたくて仕方がなかった柔らかな体。俺のモモ。

「多希、さぁ……っ、んんッ!! おねが、い……ほし……っ」

 潤んだ瞳でねだられると、もうそれだけで体の芯に集まった熱が、更に温度を上げる。
 今日こそはじっくりと、ゆっくりと、もっとモモが満足できるように、もうダメだと音を上げるくらいに抱いてやろうと思うのに……
 君のナカに沈み込んだ途端に、そんな決意も一瞬で粉々になってしまう。
 絡みつくような、吸いつくような君の感触に、一気に全てが白く塗りつぶされてしまうから。
 体だけじゃなく、何よりも心がモモを欲しているからこその、この渇望。
 そんな俺を満たせるのは、モモだけだから……



「多希さん? 本当に今日はどうしたんですか?」
「…………」

 情けない。
 さっき反省したばかりなのに、どうしてこうも俺は堪え症がないんだ。
 溺れさせるつもりが、完全に溺れてる。
 あまりの情けなさに、枕に突っ伏す俺の耳元でモモが「多希さん?」と優しく囁く。
 その声にちらりと顔を上げれば、心配していたのか、少しだけ硬い表情でモモが微笑んだ。

「どうしたんですか? 何か……ありました?」

 伺うような声色に、俺は咄嗟にモモを胸に抱き寄せていた。

「……ごめん」
「え?」

 情けない自分を反省していたつもりが、どうやらモモを何か不安な気持ちにさせていたらしい。
 少し自分に自信のないモモのことだ、自分が原因で俺を怒らせたと思ったのかもしれない。

「ごめんモモ。違うから。その……本当に悪い」
「だから、何がですか?」

 苦笑いでモモを見れば、きょとんとした丸い瞳と目があった。
 分からないよな。いや、分からなくていいんだ。
 じっと見上げてくる瞳に、ただただ幸福感が溢れてきて、俺はモモの瞼に唇を押し当てた。

「愛してる」

 呟いて華奢な体をぎゅっと抱きしめる。
 今度こそは、次こそは、もっとじっくり、もっと激しく、体が忘れられなくなるくらいに抱いてやるんだと心の中で誓う。
 モモの形そのものを変えてやるくらいに、何度も何度も叩きこんでやるんだと、そう誓う。

「私も、愛してますよ」

 抱きしめた腕の中、モモの声がダイレクトに俺の体に染み込んだ。
 ああ、駄目だ。
 この次もまた、同じ反省を繰り返すのかもしれない。
 甘い、甘い、幸せな反省を――――

番外編:欲しがるカラダ

ぴ~ち・でぃず~ヒミツノカンケイ~ *R18


 いつから私はこんなにはしたなくなってしまったんだろう?
 いつから私はこんなに貪欲になってしまったんだろう?

 耳を舐められ、耳たぶを甘噛みされて、首筋を仰け反らせてしまう。
 胸を揉まれ、中心を舐められ吸われて、腰を捩ってしまう。
 腰を撫でられ、足の付け根にきつく吸い付かれ、熱い吐息を吐きだしてしまう。

「ひゃぁ……っ、あ、あん、はああ……ンん!」

 甘く洩れる嬌声も、まるで自分のものではないみたいで。
 けれど、確かに甘ったるいこの嬌声は、私の口から洩れている。

 恥ずかしい。
 恥ずかしくて堪らない。
 こんなはしたない私を、私は知らない。
 こんなふうに淫らに乱れる私を、私は知らない。
 こんなにも恥ずかしい私なんて、嫌われてしまうんじゃないかってそれが怖くて堪らないの。
 でも、止められない。

「あっ、イヤ……」

 大きく足を広げられて、恥ずかしいところを多希さんの目に晒される。
 恥ずかしくて、恥ずかしくて、もうどうしようもなくらいに恥ずかしいのに、抵抗できない。

「本当にイヤ?」

 意地悪な質問に、顔が熱くなる。
 本当はイヤじゃないこと、言わなくちゃいけない?
 だってそんなこと、多希さんが一番分かってるはずなのに。

「イヤなの?」
「ひゃあっ、あっ、ああっ!!」

 大きく広げた足の間に、多希さんが顔を埋める。
 舌先でゆっくりと、すっかり固くなってしまった尖りに舌を這わせる。
 ゆっくり、ゆっくり……
 その度に、電気が走ったように大きく跳ね上がるカラダ。
 ゆっくり舐められていた尖りが、急にきつく吸い上げられて悲鳴のような声が上がった。
 でもやっぱりその悲鳴さえも、甘ったるい。

「イヤなの?」
「……ぁ、はぁ、あ、……ン」

 問いかけながらもちろちろと悪戯をされるせいで体がびくついて、上手に答えられない。

「モモ」

 応えない私に、多希さんは行為を中断して上目遣いで問いかける。
 その目は、意地悪な色に染まっている。
 完全にこの悪戯を楽しんでいる。

 足の間から体をずらし、多希さんは私の唇に軽いキスを落とす。

「ねえ、イヤ?」
「ふ、う……っ、あ、あ、っああ」

 そう言いながら私の顔じゅうにキスの雨を降らせ、柔らかく胸を揉みしだく。
 指の間に胸の先端を挟み込み、やっぱり悪戯するように硬くなってしまったそれをコロコロと転がした。
 それだけでもう、体の奥から我慢できないほど疼いてしまう。

「モモ、欲しい時は欲しいって言わなきゃ」

 硬くなった先端に悪戯をしていた指先はするりと足の間に滑り込み、すっかりはしたなく濡れてしまった入り口を指で掻き回す。
 くちゅりくちゅり。
 わざと音を聞かせるように。
 そんな音を聞かされて、しかも目の前で『妖しい』と表現するのがぴったりな表情で微笑まれ、私の頭の中は熱を孕んで焼き切れてしまう。

「……てぇ」
「うん?」
「もっと、し、てぇ……」

 あまりの熱で、鼓動に合わせて視界が揺れる。
 目の前で微笑む美し人の顔さえも、潤んでしまう。
 それほどの、熱。
 熱くて、熱くて、耐えられないくらい、欲しい。

 入口あたりで遊んでいた指が、ぐっと中の方に押し込められて、息が止まる。
 何度も指を抜き差しされるたびに、どんどん蜜が溢れだすのが分かるほど。
 差し込まれた指を、咥えこんで飲みこもうとしている。
 指だけじゃ物足りないって、体中が叫んでいる。

「モモ」

 目の前で多希さんの顔が苦しげに、切なげに揺れる。
 もう我慢できないと、そっと耳元で囁かれて、その微かな振動にさえカラダの芯から震えてしまう。
 我慢できない、それは私も同じ。
 だって、もう欲しがるカラダを止められないもの。

 どんなにはしたないって思われても。
 どんなに淫らだって思われても。

 ……あなたも同じだったらいいのにな。
 私と同じくらいに、私のカラダを欲しがってくれているのならいいのにな。
 そうだったら嬉しいのに。

「モモ……言って? 欲しいって、ちゃんと言って?」

 耳元で囁かれる言葉に、羞恥心なんてもう意味をなさない。
 あなたの甘い言葉は、それだけでもう類稀(たぐいまれ)なる媚薬だから。
 だから、私を内側から溶かしてしまうの。
 だから、私の体をドロドロに溶かしてしまうの。

「……ぁ、あ、あ、ほ、欲しい……の。お願い、欲しいの」

 求められるままの言葉を唇に乗せれば、目の前で嬉しそうに笑うあなた。
 ご褒美のキスがおでこに落とされ、一気に突き上げられる。

「ああああン!!! あ、あ、あ、はあっ、んっ!」

 目の前が白くなるくらいの快感に、手を突っ張ってシーツを掴む。
 そうしないと、どこかに飛ばされてしまいそうで。
 突き上げられる勢いがふと止まって、冷たくなるほどシーツを握りしめていた指先に温もりが落ちた。

「モモ」
「多希、さ……」

 そっと手を握られる。シーツを握りしめていた指先を離し、労わるような温かいあなたの指先に絡める。しっかり握りしめたら淡く微笑まれて、胸に溢れた温もりにどうしてか涙が溢れた。

「もう、離さないから」

 あなたの言葉に、無言でこっくりと頷く。
 胸の中でたくさんの言葉が泡みたいに生まれては消えて、上手に言葉にできなくて。
 瞳に溢れて、そして零れ落ちた涙を、舐めとられる。
 ひりひりするような幸福感が私を包む。
 再び激しく突き上げられ、息が詰まる。
 揺さぶられ、翻弄され、どんどん高みに昇らされる。
 目の奥にちかちかと火花が散って、繋がっているところから全身に激しく電流が流れた。
 飛ばされる。
 飛ばされてしまいそう、どこか遠くに。
 あなたと飛ばされるのなら、それもいいかもしれない。
 どこへ飛ばされても怖くなんてない。
 だって、しっかりつないだ指先はもう二度と離さないから。離れないから。

「……と……も、っと……欲しい。多希さんが……あぁっ!!」
「たくさん、あげるから。モモが、もういいって、言いたくなるくらい……」

 ぐっと一際大きな波が襲ってきて、私は大きくカラダを震わせた。




「モモ? 大丈夫?」
「だ、大丈夫ですっ」
「……ところで、何してるの?」
「……」

 恥ずかしくて、多希さんの顔が見れない……
 さっきまでは、これっぽっちも恥ずかしくなんてなかったのに、こうして落ち着いたら、私ってばなんて恥ずかしい事を口にしていたんだろう。
 いたたまれないような気持になって、多希さんに背を向けたままで鼻の辺りまでタオルケットを引き上げた。このまま隠れてしまいたい。

「……ああ」

 背中の方で、多希さんがくすっと笑う気配がした。
 う、うわあ。余計にいたたまれない……きっと呆れているんだ。あんなに乱れた姿をさらせば、呆れて当然だよね……
 鼻の辺りまで引き上げたタオルケットをさらに引っ張って、頭からすっぽりタオルケットを被る格好になる。

「いつになってもモモは慣れないんだね」
「や……っ!!」

 頭からすっぽりかぶったタオルケットは、恥ずかしさのあまり油断しまくっていたせいで多希さんにあっさりと奪い取られてしまった。
 タオルケットを取られてしまったら、それは当たり前のように裸で……私は、あわあわと腕で体を隠す。
 タオルケットを取り返そうと一瞬思ったけれど、そっちの方が更に恥ずかしい気がして。

「か、返してくださいー!!」
「どうして? さっきまで見てたんだからなんてことないだろ?」
「そ、それはそうですけど……」

 真っ最中と今とでは、同じというわけにはいかないと思うんですが……
 喉まで出かかった言葉は、ごくんと飲みこむ。同じように裸のままの多希さんが、覆いかぶさってきたから。
 不思議な色の、色素の薄い瞳にひたと見つめられ、目がそらせない。
 心臓をわし掴みにされた気分。
 ううん。既に心はあなたに捕まえられて、逃れたいとも思わない。
 綺麗な唇が、笑みの形にゆるいカーブを描く。

「もう……さ、そんな羞恥心なんて捨てちゃえばいいだろ? そんなふうに恥ずかしそうにしていたら、余計に俺をその気にさせるだけなんだから」
「……はぁっ、んっ」

 真っ直ぐに落ちてくる唇を受け止めながら、再び多希さんの手によって体中をぐにゃぐにゃにされていく。
 ……恥ずかしい。
 そう思ったのも一瞬で、あとはわけも分からずあなたを求めるだけ。
 いたたまれないほど恥ずかしくっても、あなたを欲しがるカラダを止められないから……


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